お嬢様の秘密の作戦
🕑 Added 2025-05-28 15:00:00 +0000 UTC
「本当にお嬢さまだ……」
「ふふふ、そこまでじゃないけれど…」
「いやいや…凄いなあ……」
怪しいバイトだと思いつつ、クライアントに会ったのがつい数時間前。
『住み込み可、三食付き※18歳以上の女性に限ります』なんていう文言に釣られるがまま、最悪セックスぐらいは覚悟していたけれど、実際に迎えに来たのは黒々したリムジンに乗った、少し年上くらいの女の人だった。
一目でお嬢さまなんだろうな、住む世界が違うなって思ったけど、私を見るなり「それじゃあ、採用と言うことで」なんて言い出して、余計に驚いた。
「あの…それで私は……ここで…お手伝いをすればいいんですよね?」
三階くらいまでの高さがありそうな天井、なぜか二つもある階段、学校の玄関くらいありそうなエントランスに、奥が見えない廊下。
広すぎて、何が何だかさっぱりだった。
「うーん…お手伝い、とも少し違うわ。私のお友達になって欲しいの」
「…………はい?」
思わず、首をかしげる。けれど雇い主のお嬢さま――西之宮百合さんは、くすくすと笑うだけだった。
「あかりさん、と仰るのね」
「は、はい」
最初に、応接室…って呼ばれていた部屋に通される。ふわふわしたソファがお尻に合わなくてちょっと居心地が悪い。
百合さんの横には、メイドさんみたいな人が二人いる。スラっとしたちょっとおばさん…までいかないかな、30歳くらいの人と、ぽちゃっとした20歳すぎたくらいの人。
「あかりさん、最初に聞きにくい事を聞いてしまうわね。…ご両親は?」
「え、あー……いないです。母は私が生まれてすぐ居なくなって、父も11年前に。それからは、親戚の家で」
「そう……辛くはなかった?」
「え、ええ……親戚はあんまり仲良くなかったですけど…三食食べさせてくれたし、高校も行かせてくれたし……あの、これって、面接ですか?」
「うふふ、いいえ。お話がしたいだけなの」
「はぁ……」
どうにもよく分からないけど、百合さんはニコニコと私の話を聞いている。
それから、親戚の家を出た事、バイト先が潰れた事、安く住むところを探している事、兄弟がいるかどうか、そんなことばかり聞かれて、私はちょっと怖くなってきた。
「あの……それで、私は何を…」
「ふふ、さっきも言った通り、あかりさんには私のお友達になってもらいたいの」
「お友達って…どういう……」
私がその意味を聞こうとしたとき、ボーンって、大きな時計の音が鳴った。
「まず、お食事にしましょうか。あかりさん、食べられないものはある?」
「な、ないですけど……」
「じゃあ、行きましょうっ♪」
百合さんは、ふわふわした栗色の髪の毛を靡かせて、ふわっと広がったスカートを揺らして、私の手を引く。
ふんわり、いい香りがして、ちょっとだけドキドキした。
「すご……」
ドラマとかでしか見た事ない、長い机。でもドラマと違って、百合さんが座った椅子のすぐ隣に私も座らされた。
百合さんの目の前には、一食分?って思うくらい沢山の料理、見た事ないくらいぶ厚いお肉とか、何かわからない料理が並んでる。
私の方にも、同じ料理が並んでるけど…量は控えめ、ちゃんと一食分って言われれば頷ける。
「どうぞ、召し上がって。…と言っても、いきなりは不安よね。では、私が先に…」
そう言うと、綺麗な手つきで、ナイフとフォークを丁寧に使い、お肉を一口。……食べても大丈夫そう。
「い、いただきます…」
恐る恐る、百合さんの見よう見まねでナイフとフォークを使って、お肉を食べる。
……凄い、嚙んでないのに、溶けてくみたいに脂が消えてく。
「ふふ、美味しい?」
「は、はいっ、すごく……す、すみません。私、こういうマナーとかわかんなくて…」
「良いのよ、お友達同士なんだもの……ん、む」
そう言いながらも、百合さんの食べ方は取っても綺麗で、頑張って真似しながら、食べた事ない料理を食べていく。
お肉はどれも甘くておいしくて、お野菜も全然違くて、スープもパンも、何もかも今まで食べた物の中で一番美味しかった。
だからかな、あっという間に食べ終わっちゃって、少しもったいない。
「ぁむ…んむ…ん…ふふ、まだ食べたい?」
「い、いえ……すっごく美味しかったです…!」
百合さんの方は、減ってるように見えない…ううん、確かに減ってるけど、ステーキは私の三倍はあったし、パンも10個くらい、一番脂っぽくて美味しかった揚げ物(フリット……?って言うのかもしれない)も、やっぱり全然量が違う。
すっごく細いってわけじゃないけど、十分細くて、スタイルの良い百合さんが、少し汗をかきながら、それを食べている。
さっきまでの百合さんなら「少しわけてあげる。お友達だもの」とか言いそうなのに、私の方を見ても、絶対に言わない。
「ねえ、あかりさん。あかりさんのお話、もっと聞きたいわ。子どもの時はどんな子だった?」
「え、えっと…よく木登りとかしてて…」
「まぁ、木登り?私想像もつかないわ、どんなアクティビティなの?命綱をつけるの?」
「ぜ、全然そんなんじゃないです…!」
そんな話をしながら、百合さんが食べるのを眺める。綺麗で、とっても丁寧な食べ方は、ソースやパンくずが少しも零れていない。本当のお嬢さまってこんなに上品なんだ…って驚く。
ふと、お腹の方を見ると、ぽっこり膨らんでて、ちょっとだけ親近感を覚えた。
「ふぅ、ふぅ…ジェラート、美味しかった?」
「は、はい…凄く」
百合さんがもう食べられなそうになったところで、運ばれてきたジェラート。私の分もちゃんとあって、滑らかなのにとても濃厚で、バニラの香りが抜けるすごく美味しいやつ。
私のは、ほんの数口分だったけど、百合さんはお茶碗一杯分くらいの量。
それを全部食べ切った百合さんは、苦しそうにしながらも、すごく嬉しそうに微笑んでいた。
「あ、あの…大丈夫ですか?」
「ふふぅ、ええ、平気。あかりさん、優しいのね。……やっぱり、あなたでよかった」
「は、はあ……それで…その……この後って」
「ふふっ、もちろん、今日からは、この家で、ふぅ、寝泊まりして貰うわ。構わない?」
「は、はい……」
少なくとも、害意はないかもしれない……と思ったし、何より苦しそうな百合さんにあんまり酷い事言いたくもなかった。
「ふふふ、んふ、嬉しい。お友達とお泊り、初めてなの」
そうやって笑う百合さんに、私は何か得も言われぬ怖さを感じてしまって、やっぱりちょっと早まった気がした。
「…落ち着かない」
足が伸ばせるだけで十分なのに、銭湯よりも広いお風呂に入らせてもらっちゃったし、今だって一人なのにダブルサイズの、しかもふわふわのベッドに寝てる。毛布も肌触りがよくて、程よく重くて気持ちいい。タオルケットで寝てた頃とは全然違う。
けど、どれもこれも慣れないし、なにより結局私は何をすればいいのか分かってない。家から持ってきた寝間着のスウェットだけが、ちょっと安心する。
コンコン…ドアがノックされる。…こういう時、どうしたらいいんだろう。
「……どうぞ?」
そう返事すると、ドアが小さく開けられる。…このドアにしたって、私の身長の倍近くある。ちょっと重かった。
「ふふ、よかった。まだ起きていたのね。ねえ、あかりさん…ちょっと私のお部屋に来ない?」
百合さんが、明るい廊下からそうやって呼んでくる。さっきは結んでいた髪を解いて、ゆったりしたネグリジェ……?みたいなのを着てる。私のスウェットとは全然違う。
「……はい…?」
意図が読めず、けれども断って追い出されるのも嫌なので、頷いてベッドから脚を出す。
小さく手招きをする百合さん。
スウェットで少し恥ずかしいけど、百合さんはニコニコとしている。…本当によくわからない。
「起こしてしまったかしら?」
「い、いえ……まだ起きてました」
「そう。寝心地はどう?不便はない?」
「いえ、そんな……なんか、凄くて」
「ふふふ、そうかしら」
何が楽しいのか、百合さんはずっと笑顔だ。
家の中を歩いてるとは思えない距離を歩き、百合さんの部屋に着く。昔の家なら、5往復はしてるかもしれない。
「どうぞ」
「し、失礼します」
「ふふ、そんなに緊張しないで。取って食べたりしないわ」
百合さんに案内されるまま、部屋に入る。可愛らしいピンクのカーテンと、豪華なメイク台、大きいベッドはお姫様みたいなレースがかかってて、天蓋まである。
…ていうか、広っ。教室くらいあるんじゃないかな…掃除とか大変そう。
テレビ大きい…テーブルもあるし、本棚もある。この部屋に水回りがあるだけで余裕で生活できそう。
「あの…それで私は…」
「ちょっと待ってて、もうすぐ運んでくると思うから」
百合さんの言葉に首をかしげる。
……まさか、やっぱりヘンなことをされるんだろうか。初めてが女の人相手…まあ、百合さんなら綺麗だし、ギリギリ許せる気もする。
「とりあえず、座ってちょうだい」
「あ、はい。えっと…」
「ふふふ、こちらへどうぞ」
家では床に座ってばかりだったので、思わずどこに座るべきか探してしまう。椅子が二脚あるんだから、片方は私だと思って良いはずなのだけれど、とてもそんなこと飲み込めなかった。
「し、失礼します」
「緊張してる?もっとリラックスして…って言っても、すぐに出来るわけじゃないわよね」
ちょっと困った顔をする百合さん。ぱっちりとした目が細められて、つやつやした唇は優しそうに微笑んでる。…まさか、すっぴんでこんなに綺麗なのかな。
「百合さん、失礼します」
コンコンとドアがノックされて、女の人の声がした。多分、最初に見た痩せてる方のメイドさん。
「入ってちょうだい」
百合さんが椅子にかけながら返事をする。ドアが静かに開いた。やっぱり、さっきのメイドさんだ。
だけど、一人じゃなかった。もう一人、ぽちゃっとしたメイドさんも一緒だった。しかも、二人ともワゴンみたいなものを押している。
腰の高さくらいのそれに、ケーキが乗ってる。一目で高そうだなって分かるケーキじゃなくて、どこにでもありそうな生クリームのショートケーキ。
「やっぱり、お友達って言ったらお菓子を食べながらお喋りでしょう?」
「は、はぁ……」
百合さんが得意気にそう言って、メイドさん達が部屋にケーキを運び入れ、テーブルの上に乗せる。乗りきらない分は、ワゴンに乗せたまま。
部屋の中に甘い香りが広がる。…お夕飯は美味しかったけど少なかったし、夜食なんて当然ないので、お腹は少し空いてるけど、もう十時半を過ぎている。ケーキなんか食べて良い時間じゃない。
メイドさん達が一礼して部屋から出ていく。…正直、二人きりにしないで欲しかったけど、仕方ない。
「あの…」
「私ね、婚約しているの」
どういうことですか。そう聞こうと思った私の言葉を遮って、百合さんがそう言った。
「え?あ、えっと…お、おめでとうございます……?」
「ふふ、少しもおめでたくないの。お相手、38歳なんだもの。しかも二回しか会った事がないの。それなのに、大学を出たらもう結婚する気でいるのよ?酷いと思わない?」
「は、はぁ……」
凄い世界だな…と思うと同時に、それがこの状況と何の関係が?と思う。
「だからね、この婚約、壊しちゃおうと思って」
「……はい?」
百合さんが、初めてちゃんと笑った気がした。イタズラっ子みたいな……もっと怖い物みたいな、そんな、笑ってるはずなのに寒気がする顔。
「え、えっと……?」
まさか、女が好きだからとか言うつもりで、そのアリバイ?それとももっと……なんか、想像もつかない怖い事を?
「あ、あの……」
「いただきます。…あかりさんも、食べて食べて」
「は、はい……」
またしても話を遮られる。百合さんがホールケーキのまま、フォークで切り分けて口に運ぶ。指の先まで伸びて、肘を突いたり、大きな口を開けたりもしない。
丁寧で、ゆったりした仕草。ただ、食べてるものはショートケーキで、食べてる時間は深夜だ。
「ん…ん、ひょっとして、生クリームは苦手?」
「い、いえ……ケーキ、好きです。でもコンビニで、本当にたまにしか買わないから…」
「まぁ、聞いたことはあるけれど、本当にコンビニでケーキなんて売ってるのね。パティシエが店内にいるのかしら?…でも、それだとコストがかかってしまうわよね」
「えっと、こんなちゃんとしたものじゃなくて……」
「ふふふ、これもちゃんとしたパティシエが作ったものじゃないわ。さっきの二人が作った、趣味みたいなものよ。…ああ、味は保証するけれどね?」
さっきの怖い笑顔なんてないみたいに、百合さんがくすくす笑う。
世間離れしてる時と、とても素敵なお姉さんの時と、なんだかよく分からない人だ。
「…い、いただきます」
恐る恐るケーキをフォークで切って、口に運ぶ。…確かに美味しい、けど、お夕飯の時みたいな感動はあんまりない。普通の美味しいショートケーキの味だ。
「お夕飯の時は、あかりさんのお話を聞いたから、今度は私がお話してもいいかしら?」
二口目を飲み込んだ百合さんが、そう聞いてくる。
口に物が入ったまま喋るのは良くないと思って、私は頷く。
「ふふ、ありがとう。…あ、飲み物が欲しかったら言ってちょうだい」
百合さんはそう言うと、ワゴンに乗ってたティーポットからお茶をカップに注ぎ、砂糖を入れて一口。
「私ね、子どもの頃からお嫁さんに憧れていたの。結婚式の時のお母様の写真が、本当に綺麗で」
そして、百合さんが話し出す。少し低めの、綺麗な声だなと思う。見た目も声も良い、多分頭も良いんだろう。私とは何もかも違う。
「だから、どこの誰かも知らない…ううん、誰かは知っているんだけれど、好きでもない人と、それもお父様の言いつけで結婚するなんて絶対に嫌」
柔らかい口調とは裏腹に、切り捨てるようにハッキリとそう言った百合さんの顔は、ちょっとだけ怖い。
私の視線に気づいたのか、ハッとして笑顔を作る。
「最初に会った時、あの人私を見て「綺麗だね」って言ったの。鳥肌がたっちゃった。…あかりさんは、そう言う経験ない?」
「……あります」
知らない先輩に、いきなり話しかけられて、キモって思った事なら、何度か。
「ふふ、そうよね。気持ち悪いわよね。…ぁむ…んむ」
そして、ケーキを三口目。食べてる時は、口を開かない。…やっぱりちゃんとしてる。
「ん……ねえ、あかりさん。男性に嫌われる女性って、どんな人だと思う?」
「え?……わ、わかりません…性格が悪い、とか?」
「ふふふ、そうかも。でも、性格って簡単に変えられないじゃない?」
百合さんは楽しそうだ。しゃんと伸びた背筋と、柔らかい口調の中に、少しだけ弾んだ感じがする。
「あ、お金がない人…?叔母さんが、よく言ってました。お金がある方が、結婚できるって、だから勉強しろって」
「まあ、酷い人ね。あかりさん、その叔母様の事、嫌いだった?」
「……あんまり、お金は必要だし、分らないでもないから…」
口うるさいとは思ったけど、間違ってない気がしたし。それに、無いよりはあった方が良い。
「お金ね……考えた事もなかったわ」
それは…そうだろうと、思わず頷いてしまった。
「ふふふ、今、そうだろうなって思ったでしょう?」
「す、すみませんっ」
「ううん、良いの。私だって、あかりさんの立場ならそう思うもの、ふふっ」
百合さんがくすくす笑って、ケーキをまた一口。
意外とよく食べる人だなって思う。お夕飯の時もいっぱい食べてたし。こんな時間にケーキなんて絶対太りそうだけど、百合さんは標準体型くらい…。
……あ。
「…太ってる人、とか?」
「まぁ……正解♪」
ぱちぱちと軽い拍手をする百合さんは、まるで子どもの正解を褒める先生のようだった。
その言い表せない迫力と、目の前の光景、そして夕食の時の疑問が、一本の線になる。
「私から婚約を白紙に、なんて言いたくないでしょう?まるで負けたみたいだもの。……でも、向こうから仰る分には、構わないわよね」
「あ…あはは……」
愛想笑いをするしかない。ノーと言ったら、そのまま食べられてしまいそうな恐怖を感じた。
「そ、それで……私にも、一緒に太れ…とか……?」
「……?どうしてあかりさんまで太る必要があるの?」
「え?だ、だって……このケーキとか…」
百合さんはいたって不思議そうに首を傾げ、しばし眉根を寄せ、むむむ…と考え、はたと気づいたように「ふふっ」と笑った。
「もしかして、私が何かするかと思っていたの?あかりさんへのお願いは最初から言ったとおり、お友達になって欲しいの。今晩お呼びしたのは、一応私の目的を話しておこうと思って。この家にいる人にはみんなお話しているから」
そして、ケーキをもう一口。先ほどより、心なしか大きな一口で食べると、細く白い喉が一瞬上下した。
「あかりさんを呼んだのはね、夜中にお友達とお喋りをしてみたかったの。なんだか楽しそうじゃない?」
そして、ニッコリと笑ってそう言う百合さんに、私はただ、頷くしかなかった。
後から知ったけど、百合さんは私の一つ上で、まだ19歳だった。落ち着いてるからもっと年上かもしれないと思ってたから意外。
普段は大学生だから、お屋敷(百合さん的にはただの家らしいけど私はやっぱりこう言う方がしっくりくる)にずっと居るわけじゃない。
一方私は、百合さんのお友達としてここにいるわけで…他にやる事もない。
かと言って、ダラダラとできるほど肝も据わってないから、とりあえずお掃除とか、雑事全般を手伝わせてもらってる。
後はたまにお菓子を作ってみたり…ぽちゃっとしたメイドさん(立花さんと言うらしい)は製菓学校出身みたいで、私から見たらプロと何が違うのかわからない。
「あの…別のバイトとかってしても良いんですか?」
「どうして?…あ、お給料が足りないのかしら?」
「い、いえっ、そう言うわけじゃなくって!…その、手持ち無沙汰と言うか…時間が余ってると言うか…」
給料…と言って良いのかわからないけど、口座を見たら目を丸くする額が振り込まれていた。とは言え、食住に関しては困ってないし、衣も百合さんが「お友達にお洋服を選んでみたかったの!」と着せ替え人形にしてくるので困らない。
…というわけで、初のお給料は未だ手つかずだ。……ちょっと怖いし。
「そう…あかりさんがそうしたいなら良いわよ?……あ、でも私との時間は減らしちゃダメだからね?」
深夜に近い時刻、百合さんの部屋で百合さんが子どもに言うみたいに、指を立ててそう言った。
追い出されたくはないし、居心地がいいのも事実なので、私は当たり前だと頷く。
「ふふふ、よかった。…でも、アルバイトね…私もちょっとしてみたいかも」
「ゆ、百合さんが……?」
「そうよ、いけない?社会経験は必要だと思うの。…だって私、コンビニすらほとんど行った事ないのだもの」
「そ、それは……まあ、そう…かも……?」
百合さんが白く綺麗な…水仕事など一切した事ないような指でスコーンを手に取り、口に運ぶ。
小さな口で、よく噛んで飲み込み、そして微笑む。…悪い顔だ。
「それに、いずれできなくなってしまうものね。…ふふふっ」
スコーンを掴んでいた右手ではなく、空いた左手を、ゆったりとしたネグリジェの生地に乗せる。
ふっくらとしたお腹に、百合さんの指が沈む。明らかに、最初に会った時より一回り膨らんだお腹に。
「ねえ、私、太ったと思わない?」
「……はい」
「ふふふっ、そうよね。そうじゃなくちゃ」
普通、太ったと言ったら怒るものなのに、百合さんは嬉しそうだ。…よっぽど結婚が嫌なのだろう。
「お洋服のサイズも変わったし、ほら、顔もちょっと丸くなったと思うの。お腹もお肉がついて、座ると少し段になるのよ。…ふふ、マスコットみたいで可愛いでしょ?」
「あ、あはは……」
より柔らかい印象になったやや丸っこい顔も、むちむちとしてきた脚や腕も、百合さんは愛おしそうだ。
「…あかりさんも、少しふっくらしたかしら?」
「え」
そして、百合さんがくすくすと笑ってそう告げる。……確かに、下着はちょっときつくなったけど…栄養状態がよくなったからだとばかり…。
「ふふふ、そんなに嫌な顔しないで。あかりさんは痩せすぎだったもの、今くらいでも十分細いわ」
「そ、そうですか……?」
「ええ。……それとも、やっぱり太るのは嫌かしら?こうやって、夜中にお部屋に招くのも…やめた方が良い?」
少し寂しそうに、上目づかいでそう尋ねられると答えに窮する。そもそも、私は現状百合さんに生活を握られているのだし……。
もっとも、百合さんがそんなことで腹を立てたりはしないと思うけど。
「いえ、その……やめなくて平気です。お菓子、美味しいし…」
「ふふふっ、よかった。じゃあ、もう一ついかが?」
促されるままにスコーンを齧る。バターと小麦のいい香りがして、ジャムが程よく甘い。
お菓子は美味しいし、百合さんは優しい。……何も問題ない気がしてしまった。
「あかりさん、おはよう。今日も暑いわね」
「そうですねー…」
「あら、まだ眠たいのかしら?」
「ふぁ…あはは、ちょっとだけ…」
随分なれた長い机、大きな椅子、豪華な装飾。
今日は洋食みたいだ。パンケーキと厚いベーコンに、スクランブルエッグ。サラダと冷静スープ。ご飯のメニューは、凄く豪華な時もあれば、こういう普通の時もある。……普通と言っても、前の私からしたら十分豪華だけど。
量は1人前…よりちょっと多いくらい?少なくとも、百合さんと比べると随分少ない。
「よい…しょ。今日はアルバイトだったかしら?」
「はい。あ、でも今日は早上がりだから、お夕飯には間に合いますよ」
「そう。よかった。…お夕飯が終わったら、また一緒にドラマを見ましょうね」
百合さんがそう言って微笑む。その前には、パンケーキが五枚、ぶ厚いベーコンは8枚、スクランブルエッグも山みたいだし、ハッシュドポテトまでついてる。バターもたっぷりだ。
サラダの量だけが、私と同じくらい。
「いただきます」
そして、やっぱり背筋が伸びたままの百合さんが、ナイフとフォークで丁寧に朝ご飯を食べる。…でも、薄いレースのワンピースから伸びた二の腕がぶるって揺れて、丁寧と言うよりのろまって感じも少しする。
食べる前からぽっこり膨らんだお腹は、背筋をピンと伸ばしているのに十分前にせり出して、テーブルとの隙間がほとんどない。
どっしりと大きいお尻は、なんだかちょっとオバさんみたい。大きくてしっかりした椅子によく似合ってる。
胸も大きくて…別にそんなケはないのにたまに谷間に目が行っちゃう。
食べる度に、顎の下に二つ目の脂肪で出来た顎が浮き上がる。
最初に会った時と同じ人だとは思えない……とまでは言わないけど、びっくりはする。
でも、栗色の柔らかい髪の毛とか、笑った時の顔とか雰囲気とかは変わらない。
「…どうしたの?食べないなら貰っちゃおうかしら」
「た、食べます食べますっ」
冗談を言ってくすくすと笑う。私は急いで、まだ使い慣れないナイフとフォークで朝ご飯を食べる。…腕にうっすらついた脂肪が揺れる。
私も、他人の事言えないんだけど……。
朝食を(百合さんはデザートにバニラアイスまで)しっかり食べて、バイトに向かう。今は夏休みだから、百合さんは家でレポートをやったりしているらしい。……もしかしたら、偉い人と会ったりもしてるのかもしれないけど、そう言う話はあんまりしないし。
「いらっしゃいませー」
バイトも3ヶ月、研修バッチも外れて慣れてきた。……って言っても高校の時もやってたファストフードのバイトだから、別に嬉しさもあんまり無いけど。
お屋敷から一番近い、自転車で5分のお店は、場所柄かサラリーマンとか家族連れが多い。
お金のためにせっせと働く…とまでは言わないけど、それなりにバイトをしてると、時たま百合さんは何してるんだろう……とか思うことはある。
お昼は何を食べているんだろう…きっと沢山食べてるのは間違いないと思うけど。
随分太ったけど、今何キロくらいなんだろう…とか思う。
ちなみに私は13kg増えて60kg台に突入してしまった。
流石にちょっと痩せたい気もするけど、今更あの生活を手放したくもないし…とも思う。
どうしようかなー、などと考えていると自動ドアが開く。
「いらっしゃいませー……っ!」
自動ドアの向こうから、太った若い女性が歩いてくる。大人の女性二人と一緒に。
ゆったりとしたサマードレスに見合った、ぽっこりとしたお腹とふくよかな胸。ゆっくりした歩き方、そろそろ混み出しそうな店内が一瞬ざわっとする。
場違いな雰囲気にか…それとも、改めて見ると他の人の倍近くありそうなその太い身体にか。
「ふふ、来ちゃった♪」
「……ご注文をどうぞ…」
「うーん……全部?」
百合さんは私のレジに来るなり、笑顔でそう言った。
本当に出来そうな事を冗談で言わないでください……。
「本当にびっくりしました…」
「ふふふっ。だって、一度お友達の働いてるところが見たかったんだもの」
悪びれもしない百合さんの手には、アイスの匙が握られている。冷房が入ってるとはいえ暑い(体型を考えれば百合さんはなおの事だろうし)ので、最近はアイスクリームやジェラート、アイスケーキなんかを食べることが多い。
「しかも凄い頼んでいくし…」
「だって、どれも初めてなんだから、食べてみたいじゃない?」
全部と言うのは冗談でも、ハンバーガーを10種類近く頼んだ挙句、ポテトとサイドメニューも大量に購入し、テイクアウトしていった百合さんは、今日のバイトの話題の中心だった。……幸い、私の友人とは気づかれなかったけれど。
「それに小さいからあのくらいなら食べられそうだったし…また今度遊びに行こうかしら」
「私がいない時でお願いします…」
「ふふふ、怒られちゃった♪」
楽しげにくすくすと笑い、アイスクリームを匙で掬って口に運ぶ。……と言うか、あの量食べたんだな…。
「でも…百合さんの口には合わないんじゃ」
「まあ、そんなことないわよ?私、ジャンクフードも結構好きなの♪……確かに普段はあまり食べない味だったけれど」
「美味しくなかったら、美味しくないって言って良いと思いますよ」
「そ、それはだって、作ってくれた方に失礼でしょう?……それに、お値段に相応の味があるじゃない?」
「美味しくなかったんですね?」
「う、ううん。そんな事は無いのよ?……ちょっとびっくりしただけで」
なんとか否定しようとする百合さんだが、まあ……当たり外れはあると思う。私も別に凄い美味しいと思ってるわけじゃないし。
「あっ、そうだ」
百合さんがアイスの入っていた容器をテーブルに置き、匙を置いてパンと手を叩く。…いちいち所作が綺麗なんだけど、たっぷりついた二の腕の脂肪が揺れるのが目立つ。
「この夏はハンバーガーのお店を巡ってみましょうっ。そうよねえ、なんで思いつかなかったのかしら。お友達と一緒にファストフード、うん、素敵。とってもお友達みたいっ」
キラキラと鳴りそうなほど目を輝かせ、ノーベル賞ものだと言わんばかりに胸を張る百合さんに、圧倒される。時折、妙に子どもっぽいと言うか、世間ずれしてる。
「は、はぁ……」
「あ、移動は心配しないで?うちの車なら涼しいから」
「は、はぁ…………」
「そうと決まれば、どこに行こうかしら。お店によってシェフが違ったりするものなの?」
「ど、どうなんでしょう…」
「……ふふふ、良いわ。自分で食べてみればいいのよねっ。あかりさんとお出かけもできるし、カロリーも沢山摂取できるし、良い事ばかりだわ」
友人とお出かけと、カロリーの摂取が“良い事”として並べられる不自然さに、もはや気にもならなくなってしまった。
「早速明日から計画を練らなくちゃね」
「明日?今からじゃないんですね?」
「……もう、忘れちゃったの?今日は昨日の続きを見る約束でしょう?」
「……なるほど」
確かに朝そんな話をした。百合さんの椅子が、普段より私に近かったのは、テレビを見やすくするためか。
百合さんがリモコンを操作すると、部屋の電気が少し暗くなり、大型のテレビに電源が点く。
意外にも、百合さんはドラマとか映画が好きらしい。…確かに、分かりやすいストーリーは好きそうだ。
「今日は最終回まで寝ちゃダメよ?」
「そう言って百合さんが先に寝たじゃないですか……」
「だ、だって、夜更かしって慣れてないんだもの」
そう言いながら、配信サイトで昨日の続きを見始める。
冷たい氷で冷やされているワゴンの上のボックスから新しいアイスを取り出して、百合さんが口に運ぶ。
時刻は、12時を回りそうだった。
「百合さん…百合さーん」
どっしりとしたお尻と、ぼよんっとせり出したお腹、そしてこくんっこくんっと揺れる二重顎。椅子に座ったまま、百合さんは小さな寝息を立てている。
「もー…起きてください」
やっぱり百合さんが先に落ちた。とは言え、最終回は無事に迎えられたのでまあ良いかな。
シーズン2以降はまたいつでも見れるし。
……それにしても、どうしようかな。椅子のまま寝るのは良くないけど、今の百合さんを運ぶのは私には到底無理そうだ。
百合さんは有言実行のとおり、太った。最初にこの部屋にあった椅子からはお尻がはみ出しているし、ネグリジェの裾から伸びた脚はむちむちと太く大根脚って感じ。二の腕は身体にくっついて平たくお餅みたいになってるし、お腹は横から見るとぶよっぶよって段差になってる。…あと胸も大きい。
「……ゆーりーさーん……ゆりー…」
つい魔が差して、名前を呼び捨てにする。私にはそんな記憶ないけど、母親が娘を呼ぶのってこんな感じだろうか、と思いながら。
すると、パチッと百合さんの目が開く。
「…ん…今、名前、呼び捨てにした?」
「あ、え、えっと……すみません、つい…」
流石に気に障ったかな…どうしよう。心臓がドクドク鳴る。けれど、やや眠たげな顔を持ち上げた百合さんは、ふにゃっとした笑顔を浮かべる。
「ふふふ、嬉しい。私もあかりって呼んでいい?」
「っ……は、はい…」
「ふふ、あかり……本当のお友達みたい」
「あはは…それより百合さん、ベッドに…」
「ゆりって呼んで。年だって一つしか違わないんだもの、平気でしょ?」
「……それは、ほら、他の人が聞いたら…」
「じゃあ、二人きりの時だけ、ダメ?」
潤んだ瞳で、むにゅんっと胸とお腹に私の腕を抱き寄せる百合さん。立ってる私に対して、太って座高が高くなったとはいえ座ってる百合さんの瞳は、上目遣いになる。
「……百合、ベッド行こ」
「うんっ。…あかり、一緒に寝ない?お部屋戻るの、面倒でしょう?」
「え……いや、それは流石に…」
「ダメ?」
「………………」
この人はわかってやってるんだろうか。わかってないでやってるんだろうか……どっちにしろ、怖い人だ。
「……わかりました」
「ふふ、嬉しい♪」
パッと表情を明るくさせて、百合がさっさとベッドに潜る。
「その前に、歯磨きません?」
「あ……それもそうね」
しっかりしてるんだか、抜けてるんだか……。
洗面所までの移動も、今の百合さんにとってはそれなりにしっかり運動みたいだ。と言ってもたかだか50m程度だけど。……十分距離があるな、感覚がおかしくなってる。
「あかり、早くっ」
気を取り直して、キングサイズのベッドに横になった百合さんが、ぽふぽふと柔らかいベッドを叩く。……まあ、確かに部屋に戻るのが少々面倒なのは事実だ。
「…失礼します」
「ふふふ、いらっしゃい」
やはり、百合さんのベッドは客間のとは違うのか、沈み込み反発するような、何とも言えない心地よさがある。さぞ快眠できるだろう。…おまけに、百合さんの身体の匂いが染みついているせいか、良い匂いがする。落ち着く香りだ。
「電気、消すわね」
そう言ってリモコンを操作する。常夜灯だけが小さく灯り、部屋が暗くなる。
「……小さい明かり、消さないんですね」
「だって、真っ暗にしたら怖いじゃない」
至近距離だとぼんやりと表情が分かる。百合さんは、とても真剣な顔をしていた。
「…それとも、眠れない?」
「いや、そんなことは……」
「よかった。…あかり、もうちょっとそっちに行ってもいい?」
「…良いですよ」
百合さんが、ベッドの中でもぞもぞと動く。いくらキングサイズとは言え、百合さんは体型も十分太いので、二人で横になると随分近い。……しかも近づいてくるせいで、ほとんど0距離だ。
「…ふふふ、本当はね、もっと早くこうしたかったの」
「はぁ……なんで、誘わなかったんですか?」
いくらでもチャンスはあったはずなのに。
「だって、眠くなってしまうんだもの……さっきだって、あかりが呼び捨てにしてくれたから、びっくりして目が覚めたのよ?」
「す、すみません…」
「謝らないで。嬉しいんだから。それに、寝ぼけたままじゃ、また誘い損ねるところだったもの」
百合さんのむっちりとして太い腕が私の身体に巻き付く。少し身を固くする。
「緊張してる?」
「……はい」
「もう、そんなに緊張しないで」
優しくそう言いながら、自分の身体に私の身体を押し付けるみたいに、むぎゅうっと抱きしめる。少し苦しいけど、暖かくて良い香りがする。包まれるみたいだ。
「私、また太ったと思わない?」
「……ええ、まあ」
「毎日必ず5000kcalは取るようにしてるの。…まだ婚約解消は出来てないのだけれど」
唇を尖らせる百合さんの顔がすぐ目の前だ。綺麗な顔立ちも、贅肉と脂肪で押されて、ちょっとだけ変わった気がする。
「やっぱり、太るだけじゃダメなのかしら?…ねえ、どう思う?」
「っ……百合さん?」
「百合って呼んで?二人きりなんだもの」
背中に、百合さんの太い腕が巻き付く。脚が、ズシっとする百合さんの脚に絡めとられる。
あれだけ眠そうにしていた目が、爛々と光っているように見える。
「ねえ、やっぱり食べちゃっていい?」
「……女に興味があるわけじゃ、ないんじゃ?」
「あら、そんな事一度でも言ったかしら?」
確かに、百合さんが女性もイケるかどうかは、聞いたことが無い。無いけど……。
「大きな声を出しても無駄よ?ここは私の家だもの…ふふふ、やっと無防備になってくれた…ダメよ?若い女の子がほいほい人のベッドに上がっちゃ」
「……まあ、百合なら別に良いかなって…」
「へ?」
勝ち誇っていた顔が、一瞬間抜けに目を丸くする。
「あ、あら?え、えっと……?」
「いえ、その……住まわせてもらってるし、ご飯も食べさせてもらってるし、色々よくしてもらってるし…百合さん綺麗だし、痛い事とかしなそうだから、別にいいかなって……」
「え、ええと……?ちょ、ちょっと待ってね?私の予定だとこの後『ふふふ、この家を追い出されたくないでしょう?』って言うはずで……」
「…………」
「……えいっ」
「っぐぅ…!」
百合さんがいきなり、私の上にどすんっと馬乗りになる。重たい身体に思わず呻き声をあげた。ずっしりとした大きなお尻が私のお尻を抑えて、ぼよんっとしたお腹がネグリジェ越しに密着する。
「お、重いんですけど…」
「だ、だって…どうすればいいかわからなくって……」
「……百合、ひょっとして太るって言ったのも、私を住まわせたのも、割と見切り発車なんじゃ……」
「そ、それが何か?いけないっ?良いじゃない、良いアイデアだと思ったんだものっ」
百合さんが拗ねたように身じろぎするたびに、ずっしりと重たい体重がかかり、息が漏れる。
「と、とりあえず、ホントに重いんでどいてください…」
「そ、そうね、ごめんなさいっ」
のっそりと私の上からどいた百合さんが、ちょっとシュンとしてる。
「…………それで、どうするつもりだったんですか?」
「え、えっと……ほら、私一応年上だし、それに雇い主なのだから、威厳を保とうと思って……それに、あかりさんも無理矢理なら、仕方ないって諦めて受け入れてくれるかなあ…って」
「……はぁ」
優しいのか、それとも単純に後先を考えてないのか……どっちも何だろうなあ。
「それで……セックスして婚約解消できそうですか?」
「セッ……ど、どうかしら……でもっ、ほら、色々やってみる価値はあるじゃない?」
「ヤってみる価値…」
思わず漏れた言葉に、百合さんはキョトンとする。
「ああ、いえ、何でもないです。……ところで、百合さんはその…女同士の経験とかあるんですか?」
「あ、あるわけないじゃないっ……!あ、あかりはあるの?ないわよね?」
「まあ、無いですけど……じゃあどうやって続けるつもりだったんですか」
「…………き、キス、とか?」
常夜灯の明かりだけでも、百合さんの顔が真っ赤になっているのが分かる。
と言うかこの人、あのテンションで襲ってきてその先考えてなかったんだ……。
「と言うか、二人きりだから百合って呼びなさいっ」
「あ、ああー……はいはい…」
子どもみたいな拗ね方をする百合さん。果たして、威厳を保とうとは何だったのか。
「……とりあえず、今日はやめません?」
「……そうするわ」
「ははは……」
もぞもぞと、大人しくベッドに潜る百合さんの身体は、倍近く太ったはずなのに小さく見えた。
「…あ、あかり……その、嫌じゃないのよね?」
「はい?ええ、まあ……」
正直知らない男に抱かれるよりは百倍マシだ。
「……じゃあ、こっち向いて?……キスだけ、したいわ」
「………………」
コレが狙ってない事くらいは何となくわかる。だからこそ、ちょっとグラッと来てしまった。
……私、そんなケ無いんだけどなあ。
「…どうぞ」
「ふふふ……嬉しい」
百合さんはそう言うと、ベッドの中で私の事を抱き寄せ、軽く唇に触れる。子どものようなキスは、ちょっと歯磨き粉の香りがした。
「…ふふふっ、今度二人でお勉強しましょうね。その…せ…セックスの……」
「無理して言わなくて良いですから……」
と言うか、百合さんの事だから急にAV鑑賞会になりそうで怖い。
「……そういえば、男に興味ないって話にするなら、太るのはやめるんですか?」
「ふふっ、やめないわよ。こっちも効果があるかもしれないもの」
百合さんはそう言うと、私の手の平を取って、ぶにゅんっとしたお腹に宛がう。指が沈み込んで、少し重い。
「それに……今更食べる量を減らしたら、お腹が空いて死んでしまうわ」
「……ははは」
私も他人の事は言えないなと、うっすら段になり始めたお腹の事を思い出して苦笑した。