想いをのせる
🕑 Added 2025-08-31 00:38:05 +0000 UTC
「とらさんとらさん、はいってもいいですか」
襖の向こう側から琥々の声が聞こえ、虎太郎は持っていた筆を机に置いた。
「どうしたの」
琥々は寝間着姿で重蔵が作ったにわとりのぬいぐるみをぎゅっと抱いて小刻みに震えていた。大きな瞳を潤ませている琥々にただ事ではないと思った虎太郎は近くに置いておいた刀を手に取る。
「何かあったのかい?」
「と……とらさん……わたしの部屋に……」
「賊が入ったか!?」
虎太郎は慌てて立ち上がるが琥々はちがうの!と言いながら虎太郎の服をきゅっと掴んだ。にわとりのぬいぐるみが畳の上にぽとっと落ちた。
「てっせきおじちゃんが自分の部屋と間違えてぐっすり眠っちゃって……寝る場所がないからとらさんの部屋で寝させてください~~……」
虎太郎は拍子抜けした。
「……泣きそうだから何事かと思ったのに紛らわしいなあ」
「これはしんごさんのところ向かったらひかりちゃんが既にいてけんかして……」
虎太郎はまたかと苦笑いしながら刀を置いて琥々の頭を優しく撫でた。琥々は勢いよく虎太郎に抱きついた。
「相変わらずだねえ」
琥々もひかりも信吾のことが好きで毎日取り合いをしているが、毎度琥々が退いていた。ひかりのわがままっぷりには虎太郎や信吾をはじめ天誅組の面々も少々手を焼いていた。
「中山の坊がひとり増えたカンジだもんねぇ。琥々チャン我慢して偉いねぇ」
「でもねわたし、しんごさんとお話ししたいの」
俯きながら消え入りそうな声で自分の望みを言う琥々の背中を虎太郎は優しく撫でた。その後、琥々は虎太郎が敷いた布団ですうすうと寝息をたてて眠ってしまった。虎太郎は信吾を部屋に呼ぶと信吾は小さく息を吐いた。
「……お疲れだね、信吾サンも」
「そう思うなら代われ」
「あはは、無理だよ。だってひかりチャンは信吾サンじゃないとダメなんでしょ?」
虎太郎が言うと信吾は眉間にシワを寄せる。
「……琥々チャンがさ、信吾サンと話したいって言っていたんだ。時間を作ることは可能かい?」
「琥々との時間をひかりが許可すると思うか?」
「そこは何とかするさ。明日の夕刻、琥々チャンに紅葉の木々の下に行くように促すからヨロシク」
「……ところで吉村。何故琥々がここに」
「わあ信吾サンもダジャレ言うんだねぇ」
けらけら笑う虎太郎を信吾はじとっとした目で見つめた。
「藤本さんが琥々チャンの部屋で寝ちゃったみたいでねぇ」
「自分の部屋と勘違いされるとは余程お疲れか」
「普通に寝ぼけておられただけかと俺は思うけどね」
******
次の日の夕方、琥々は虎太郎に待っているように促され、ひとり紅葉の木の下で座っていた。優しい風で揺れる木々に舞う紅葉。
「綺麗……秋が、終わっちゃう」
琥々は歴史に詳しい史華からこの先天誅組の面々がどうなるかを聞かされていた。維新の魁(さきがけ)となった天誅組の挙兵はタイミング悪く代官所襲撃翌日に八月十八日の政変が起ってしまい、逆賊のレッテルを貼られ追われる立場となった。そしてもうすぐ信吾は忠光を逃がすための囮になりそこで命を落とす。信吾だけではない他の皆も……。そう史華に告げられた琥々は頭が真っ白になっていた。みんな生きてほしいと願う琥々は、信吾に何を伝えるか決めていた。
「琥々」
名前を呼ばれ、振り返る。
こうして名前を呼ばれるのも久しぶりで、心に開いていた小さな穴が少し小さくなっていく。琥々はゆっくりと立ち上がると信吾に向き合う。泣いてはいけないとぐっと唇を噛み締めて一度深呼吸した。
「話があると吉村から聞いたが」
「……しんごさんお願い、」
琥々は信吾に近づくと自分の手より大きな信吾の手を握った。
「……お願いだから、死ぬなんて考えないで」
琥々の望みに信吾はほんの少し動揺した。泣き虫な琥々は堪えきれずぽろぽろと大粒の涙を溢す。
「あのね、わたし、しんごさんのことが好き。だいすき……」
一回り以上歳の離れた少女からの告白に信吾は動揺する。
「琥々それは、」
「とらさんも天誅組のみんなのこともだいすき。好きな人たちに生きてほしいと願ってはいけないのかなあ……っ?」
信吾は琥々の視線に合わせるように屈むと琥々を抱きしめた。
「……この世の中を変えるためならば命など惜しくはない。琥々のいる時代が明るいものになるのなら尚更」
「しんごさん……っ」
「琥々、これ以上は引き留めるな。覚悟が揺らいでしまう」
琥々は信吾の腕の中で泣いた。信吾は琥々を抱き上げ立ち上がる。
「どうか、幸せで」
落ちゆく紅葉が命の灯火のように感じた。
*****
虎太郎と信吾は別々に行動することになり、琥々は虎太郎の側にいることに決めたが虎太郎はそれを拒んだ。
「琥々チャン、お願いだ。早々にこの地から離れてくれ。俺の最後の望みだと思って聞いてくれないかい……?」
言葉を発することも痛んで辛いが、琥々を不安にさせないよう笑ってみせる虎太郎。
虎太郎は高取城を襲撃した際、味方の掩護射撃が誤って当たって重傷を負う。それは日に日に悪化し、ついには自らの足では歩けないほどになっており、虎太郎は藁で作った即席の駕籠にのって移動していた。
琥々は首を横にふり虎太郎の頭を優しく撫でた。
「とらさんがなんて言おうと最期までとらさんのそばにいたいの」
「信吾さんのことは、いいのかい……?」
「もう、大丈夫。自分の気持ちは伝えられたから。とらさん、本当にありがとう」
信吾は数名で決死隊を組み、天誅組主将である忠光とひかりを逃がすために戦い戦死した。
虎太郎は信吾たちが戦死した数日後に潜伏していた小屋を追討軍に発見され囲まれた。刀を手に取り構えるがすでに立つことも出来ない虎太郎は自害することを考えていたそのとき、追討軍と虎太郎の間に琥々が両手をひろげて立つ。
「お願い! とらさんをころさないで!!」
追討軍は小さな少女に動揺し、構えていた銃を下ろした。
「もうとらさん動くのも大変なの。大勢でいじわるしないで……」
瞳を潤ませて今にも泣き出しそうな琥々の足は恐怖でがくがくと震えていた。琥々の愛らしい姿に敵兵たちはみな虜になっていた。
「……幼き少女よ、まことに申し訳ないがこちらも逆賊を逃がすわけにはいかないのだ……」
「どうしても、だめですか……?」
上目遣いで見つめる琥々に、兵はくっと目を逸らした。その様子をぽかんと見つめていた虎太郎は、代官所を襲った際に同じようになっていた者たちのことを思い出していた。琥々には、無自覚に人を魅了する力があるようだった。
「あんな愛らしい少女を使うなど卑怯だぞ!」
「隊長! いかがいたしましょう……っ我々にはあの少女はとても手にかけられません…っ」
「…っ分かっている!分かってはいるが、しかし……っ」
「何を甘っちょろいことを言っているの?これだからニンゲンは」
赤髪の額に2本の黒いツノを生やした鬼の少女は一番前に出ると琥々を睨み付けた。
「チトゲちゃん……っ」
「鬼ごっこはアンタの負け。さっさととらちゃんアタシに寄越して死んで」
「いや! とらさんはあなたのじゃない!」
「アンタのものでもないでしょ。負け犬の言葉なんて聞きたくもない。さっさと消えて」
逃げ場のない小屋の中。チトゲが手を上げると追討軍の兵たちは琥々と虎太郎に銃口を向ける。
「か、からだが勝手に……っ!」
「ち、チトゲ殿! 我らがおこなうのは天誅組の討伐のみ! こ、この少女を殺す必要は、」
「あるよ。この娘も天誅組の一員なんだよ? キミ、まさか躊躇ってないよね?」
チトゲに鋭く睨まれた兵が震える。
「ねぇ……っ、どうしてそんなひどいことするの……? とらさんが、あなたたちに悪いことしたの……?」
「罪なき者を殺めている、それを悪と申さずなんと申す」
「……っでも、それは、この国のためで」
「事情はあれど奴らは賊軍でしかないわ」
絶望する琥々をみてチトゲはニヤリと笑う。虎太郎は最後の力を振り絞り、琥々を自分の方に引き寄せ抱きしめる。
「君には、誰よりも生きてほしかった」
「とらさ……ごめんなさい、わたし、とらさんから離れるなんて出来ないよ……」
「……あはは、分かった分かった。じゃあ、最期まで俺の傍にいて」
「……っうん」
琥々は虎太郎の胸に顔を埋め、ギュッと目を瞑る。
「……琥々チャン、ありがとう、」
虎太郎は琥々に礼を述べた後、琥々の耳元で何かを囁いた後、銃声が聞こえた。
「…はあ、…はあっ、………、」
視界にひろがるのは、白色の天井。薬品の独特な臭いが琥々の鼻にかかる。何が起きたのか頭の中で整理したいが、うまく頭が回らない。
「……っ、こ、こは……どこ、……?」
身体がうまく動かせないで困っていると巡回していた看護師が琥々が意識を取り戻したことに気が付いた。
「芳村さん!……意識が戻ったのねよかった……。今先生を呼ぶわね」
「は、い……あの、わたし……」
「あなた、1ヶ月も目を覚まさなかったの。あなた以外の女の子たちも同じ症状でまだ目を覚まさないの」
琥々はその後一通り検査した。何も異常はなかったが、次の日に病院を後にすることになった。
ベッドの上から窓の外を眺めながら最期に虎太郎に囁かれた言葉を思い出す。
『君が好きだよ』
琥々は耳を真っ赤にして布団で顔を半分隠す。
「……ずるい」
その好きの意味はわからないままなのだろうと琥々は膝を抱えた。