揺れる糸【第十三章】 決断
🕑 Added 2020-05-31 14:11:52 +0000 UTC
加賀谷が由美たちが捉えられている部屋から廊下に出ると、バンに乗り合わせていた男が詰め寄った。
「あの姉妹を連れてくるのは計画になかったはずだ。一体どうするつもりなんだ」
「あら、盗み聞きしていたのならわかるでしょ?私のペットにするのよ。羽奈ちゃんには手を出さないのだから、文句ないわよね」
「言っとくが、あの姉妹の姉は…」
「自称看護婦の元クランケ、そのぐらい調べてるわ。もちろん先輩の例のこともね」
加賀谷はポケットから薬剤の入った瓶を取り出し、目の前にかざす。
「先輩のアパートに侵入したときに、持ってきたものよ」
「その薬は…」
「説明書には幻肢痛を抑えるための薬って記されていたわ。ま、うまいこと先輩のことを騙してるみたいね」
「なるほどな、本命の交渉材料はそれか」
「そう、この薬があればあの看護婦も黙るはず」
「ま、俺の仕事はもう終わってるからな。これ以上関わるつもりもない。じゃあな」
「あら行っちゃうの。これからだっていうのに」
「面倒事は避ける主義なんだ。お前も五体満足でいられるように気を付けるんだな」
「大げさね、余計なお世話よ」
男は軽く手を挙げて返事をし、廊下の角を曲がって姿を消した。同時に男と入れ替わるようにして台車を押すメイドらしき女性が加賀谷の元へ歩いてくる。
「ご主人様、準備が整いました」
「あら、その恰好随分様になってるじゃない」
「ええ、元々こちらが本業でしたので」
「それもそうね。それじゃあ、あとのことよろしくね。好きなようにしていいから」
「かしこまりました」
メイドは加賀谷に一礼すると、由美たちがいる部屋のドアにノックした。
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「お姉ちゃん、私たちどうなっちゃうの?」
綾が由美にすがる様にして身体を寄せる。
「きっと大丈夫。何がペットよ。加賀谷の言葉に耳を傾けちゃだめよ」
由美は加賀谷との接点は殆どなく、ほとんど何も知らなかった。
「お姉ちゃん、ごめんね。私のせいでこんなことに…」
「ううん違う。綾のせいじゃない」
加賀谷がなぜこんなことをしているのか、彼女の動機が全くわからなかった。
高校の頃は殆ど会話を交わしたこともない。唯一の接点といえば、紗耶香と同じ美術部に所属していたくらいだった。由美は美術に入部していないため、部活の後輩にも当たらない。
不意にドアのノックの音が響く。
「…っ」
音に反応して綾はわずかに身をこわばらせる。
ゆっくりと、ドアノブが回り、扉が開いた。
「お久しぶりです。由美様、綾様」
扉からメイド服を着た女性が現れた。
その女性は由美と綾にとって慣れ親しんだ人物だった。
「……香苗?」
「はい。以前お二方のご家族に仕えておりました香苗です」
香苗は事件が起こる日まで由美の家族に雇われていたメイドだった。
「…なんで、ここにいるの?ここでなにしてるの?私、あなたの事ずっと心配してたのよ。家があんなことになって…。事情は分からないけど、顔が見れてよかったわ」
「ご心配して頂けてうれしいです。私も事件が発生した日以降、由美様の行方をずっと探っておりました」
「ねえ、一緒にここから逃げよう。今なら間に合うかもしれない」
「それはできません。私はお二人を加賀谷様のペットにする大事なお仕事があります。それに、今は由美様に“恩返し”する絶好の機会ですので」
「…今、なんて」
「恩返しと申し上げました」
香苗は自分の両手を腋に挟み、腕を横に引っ張った。
香苗の両手は肘から先が外れ、中身を失った袖はだらりと垂れさがった。
由美はその光景に目を見開き、身動きが取れなくなった。
「香苗、手は、どうしたの?」
「事件が起きた後、由美様のご両親は多額の借金を背負うはずでした。しかし、ご両親は雲隠れし、お二人も失踪していしました。私は逃げ切ることができず…」
事件の後、親がどこかで借金のやりくりをしているものとばかり思っていた。実際は関係のない、ただ雇われていただけの佳苗が肩代わりをさせられていたのだ。
「一生働いても到底稼げる額ではありませんでした。なので、私は売られることになったのです」
―人身売買―
その一言が由美の頭の中を覆った。
「一度、残虐な男に買われて両手を失いましたが、加賀谷様に買っていただいた日からは何不自由のない幸せな生活を送っています」
香苗は笑みを浮かべて、これまでの加賀谷との生活を振り返っていた。
「加賀谷様に出会うきっかけになった、あの事件を起こした由美様に恩返しをしたいと思っています」
「どういうこと?私が事件を起こしたって何の話してるの?」
「違う。あの事件を起こしたのはお姉ちゃんじゃない」
「確かにそうですね。今の由美様は犯人ではありません」
「今のってどういう…」
「それは…」
「香苗さん、お願いだからお姉ちゃんにそのことは言わないで」
「いいでしょう。ですが条件があります」
綾はしまったという表情を浮かべた。
「由美様に真実を隠す代わりに加賀谷様のペットになって頂くことが私の条件です」
由美は困惑していた。二人の会話にまるでついていけない。あの事件の犯人は“まだ見つかっていない”はずなのだ。その犯人をこの二人はすでに知っていて、由美に隠している。
「わかった。でもペットになるのは私だけよ」
「それは姉を想っての提案だと思いますが、由美様のためにはならないかと」
香苗は腕の断端で由美をうつ伏せに押し倒した。
「んっ…なに、これ…」
由美がうつ伏せになったとたん、乳首にベッドの布が擦れただけで強い快感が全身を駆け巡った。
「あ、だ、だめ…」
由美は起き上がるどころか、乳首に強い刺激を与えるようにして胸をベッドに擦り付ける。
「お姉ちゃん…何をしたの」
「お二人が寝ている間に、媚薬を打ちました」
香苗は平然と答えた。
「両手が無い由美様は誰かが慰めるまで身体の疼きに苦しめられるでしょう。そんな由美様が一人残されてしまったら永遠に欲情したままです」
「なんて身勝手なの…」
由美が息も絶え絶えに呟く。割れ目からはとめどなく愛液が垂れ、しきりに股をすり合わせていた。
「薬の効果は一生続きます。決断をしてください」
綾はしぶしぶ首を縦に振った。