弓道部のアイドル系美少女と僕と韓国人④
🕑 Added 2021-07-02 14:05:14 +0000 UTC
結局、奈緒は14時ギリギリに来た。あまりに来るのが遅いことに業を煮やした春人が3回目のトイレに立った時、チャイムの音が鳴った。
「あ、きっと奈緒ちゃんだよ。トイレ行くついでに鍵開けてあげて」
亜里沙はCCIのライブ映像から目を離す様子がない。佐々木はそんな亜里沙にうっとりと見惚れながら、時々横目でチラチラと映像を見ている。そこまで露骨に亜里沙の方を見ていたら流石にばれるぞ、と春人は思うが、亜里沙の映像への集中度合いが尋常ではないために、幸いなのかどうなのか、佐々木の粘ついた視線は気付かれることがない。
「了解」
春人は声に喜色を帯びないよう、なるべく普段通りを心がけて返事をした。ここまで注意を払う必要はないと思うのだが、念には念を入れ、なるべく自分の気持ちが周囲にバレないようにする。春人は昔から自分のことを話すのが苦手だった。
玄関の扉を開け、白い花柄のワンピースに、黒いストラップパンプスを履いた奈緒を迎え入れると、春人は奈緒から漂ってくる香水の香りに頭がくらくらした。鼻腔をつく香りは、決して刺激的とまでは行かないが、春人の体のどこかをズンと刺激する色気が確かにあった。
「こんにちはー。あれ?亜里沙先輩は?」
「今、上で佐々木とCCIの昔のライブ映像を観てるよ」
言葉の端にいかなる意味合いも持たせないよう、春人は先程と同じく平常心での会話を心がける。
「そうなんですね。入っちゃっていいですか?」
「もちろん。って俺が言うのもおかしな話だけど、どうぞ」
奈緒は「ふふ」と笑って春人の前で靴を脱いだ。春人は玄関の扉をゆっくりと閉めながら、視線だけを奈緒から離さない。学校ではいつも後ろで一つに結んでいる髪も、休日仕様なのか可愛くお団子にされていた。いつも見ることのないうなじに、春人はまたしても女性の色気を感じてしまう。奈緒の透明感のある白い肌は、見る者に一種の厳粛さを要求するほどの輝きを放っていた。今すぐ後ろからぎゅっとこの子を抱きしめたい、と春人は思った。
「あ、ごめんなさい。私が先に脱いじゃった」
「いや、全然良いんだよ」
細かな気遣いを忘れない優しい心と、純日本風の可憐な顔立ち、そして清楚な服装。部活の時間だけではわからない奈緒の素の顔に触れられたような気がして、春人は嬉しかった。そんな奈緒とKPOPとは、春人の中で即座には結び付かなかったが、きっと女の子には他人から見られるイメージではない別の自分になってみたい瞬間があるのだろう。それが、奈緒にとってはKPOPなのだろうと春人は思った。
「でも春人先輩がCCI好きなんて意外でした。失礼かもしれないですけど、春人先輩ってちょっとミステリアスな雰囲気があって、音楽とかあんまり興味ないのかなと思ってました」
亜里沙の部屋に戻る途中、奈緒が春人に話しかける。
「俺は昔からKPOPが好きなんだよ。韓国の文化が好きって言うのが正しいのかな。KPOP全体好きだね。なかでもCCIはデビュー当時からずっと好きなんだ」
さっき、どこかで聞いた回答のような気がして、春人は一言付け加える。「CCIでは特に『Love your heart』が好きかな」
「『Love your heart』ですか。渋いですね。確かCCIが最初に出したアルバムのオリジナル曲ですよね。やっぱり春人先輩相当なオタですね。男の人で珍しいと思いますよ」
どうやらこの回答は正解だったようだ、と春人は思った。初めての人の家に入り、緊張気味だった奈緒のテンションが1トーン上がった気がする。これからいくらでも共通点を見つけてやる。そうして少しずつ、俺たちはお互いを意識する関係になっていくんだ、と春人はこれからの作戦混じりにそう思った。
「あー!奈緒ちゃん、待ってたよー!」
部屋の扉を開けると亜里沙は画面から目を離してこちらを見た。佐々木も見る。が、佐々木は2秒ほどこちらに目を向けた後は、また例の視線を亜里沙に投げ続ける作業に戻ってしまった。
「ごめんなさい、昨日部室に家の鍵忘れちゃって、家には親がいたから入れたんですけど、今日取りに行ってたんですよ。その後亜里沙先輩の家に向かったんですけど意外と迷っちゃって」
「うちわかりにくいところにあるもんね。よくあの横断歩道の脇の道見つけられたね。初めての人は大体あそこでつまづくのに」
「あそこは2周目で気づきました」
「ははっ、やっぱり迷ってたか」
亜里沙と奈緒は、部活の先輩後輩らしい快活なやりとりをして場を和ませた。弓道部の美人ツートップが同じ部屋にいるこの状況は、もしかしたらなかなかレアなのかもしれない。それこそ、他の男子部員に見せたらよだれを垂らして羨ましがる程度には。
「おー、小倉。遅かったな」
亜里沙の横顔を見つめていた佐々木はようやく奈緒の方へ向き直り形式だけの挨拶をした。奈緒の方も、「佐々木先輩こんにちは」と形式通りの挨拶をした。
14時まであと10分。ストリーミング画面には、「14時から開始します。今しばらくお待ちください」の文字が貼られている。机には食べ物も飲み物もある。韓国好きの女子が2人、そんな女子2人を狙う韓国猛勉強中の男子が2人。準備は整った。