色彩は艶やかに染められて 続編ボツシーン
🕑 Added 2023-11-15 15:01:49 +0000 UTC
---半年前---
「お隣失礼しま~す」
ある日の講義開始前。いつものように窓際後ろの席に座って講義の始まりを待っていた時、突然そんな軽い調子の声と共に隣の席に置いてあったリュックサックがひょいと持ち上げられ、誰かが腰かけてきた。
突然のことに驚いて顔を上げると、そこには、マスクと眼鏡を掛けた色素の薄い長髪の女性がいた。
いや……は?
「えっ……誰?」
「急にごめんね? 私、菅原遥。先週の講義、仕事で休んじゃってさ。良かったらノート写させてくんない?」
掛けていた眼鏡を外してニコッと軽く笑う彼女の言葉に、僕は微かに声を詰まらせた。
初対面の学生だが、彼女の名前は聞いたことがあった。
確か、大学に通いながらモデル業をしているとか、最近はテレビにも出たりしてるとか……他の学生がよく噂しているのを、小耳に挟んだことがある程度。
……嫌だな。大学ではあまり目立たないようにするつもりだったのに、そんな有名人に絡まれるだなんて……。
とは言え、ここまで接近されて断っても角が立ちそうだし……今日だけは同じ学生としてノートを見せ、今後一切関わらないようにすれば問題無いか。
「……僕ので良ければ、どうぞ」
「ありがと~助かる~! すぐ返すから!」
頬杖をつきつつ片手でノートを差し出してやると、彼女は大袈裟なくらいに感謝してそれを受け取り、その場で自分のノートに写し始めた。
……しかし、どうしてわざわざ僕なんだ?
人気者の彼女なら、他にも頼める学生なんていくらでもいるだろうに。
いや……まさか、彼女も今まで関わって来た子達のように、僕に擦り寄ろうとしているんじゃないだろうな……?
「ッ……」
「わ、どした?」
ガタッと音を立てて椅子から立ち上がった僕に、彼女は驚いた様子で声を上げる。
それに、僕は床に置いていたリュックサックを持ち上げながら口を開いた。
「ノート、講義が終わってからで良いです。……席替えるんで」
「えっ? 何、急に?」
「それから、金輪際僕と──」
金輪際、僕とは関わらないで下さい。
そう続けようとした時、突然グイッと強く手を引かれたかと思えば僕の姿勢は崩れ、気付いた時には再度椅子に座り直す形となっていた。
突然のことに驚く暇も無く、彼女は身を乗り出して僕の耳元に口を近付け──
「ね。あれ、見てみ?」
──……と、囁いて来た。
それに、彼女が指さす方向に視線を向けると、そこでは何やらチラチラとこちらの様子を窺っている一人の女性がいた。
目が合うと、彼女はバッと慌てた様子で顔を背ける。
「あの子、さっきからずっとこっち見てたし、私が来なかったらこの席来てたと思うよ。……でも、友達って訳では無いんだよね?」
「え……あぁ、まぁ……」
「じゃあ何? ストーカーか何か?」
「いや……まだ、そういうんじゃない、けど……」
小声で問い掛けてくる菅原さんの言葉に、僕は尻すぼみに答えながら目を伏せた。
確かに、あの女性は友達でも無ければ、ストーカーでも無い。
しかし、ここ最近よく僕の周りを付き纏っていたし、数日前からは帰り道で誰かの視線を感じていた。
確証は無いけど……可能性は、ある。
何と答えたら良いか分からず口を噤んでいる僕に、菅原さんは小さく笑って口を開いた。
「君、綺麗な顔してるもんね~。よくあるの? そういうこと」
「……まぁ、多少は……」
「だろうねぇ。分かる、私もよくあるもん。まぁ、ノート見せて貰った恩もあるし……しばらくは、人避けになったげようか?」
「人避け……って、貴方が隣にいたら逆に視線集めません?」
「そう? 私だったら、こんなイケメンと美女が並んでる所に声掛けられないけどな~」
美女……って、自分で言うんだ……。
ケラケラと軽く笑いながら言う彼女の言葉に、僕は思わず苦笑する。
とは言え、確かに……有名人の彼女が近くにいてくれれば、むしろ彼女の方に周りの注目が集まり、あまり目立たなくなるのかもしれない。
しかし、それでもまだ、彼女が僕に擦り寄ってきているという疑念は残ったままだが……──。
「……あの……」
「うん?」
「下の名前。……何て言うんでしたっけ」
僕の問いに、彼女は一瞬キョトンとしたような表情を浮かべた後、ニッと明るい笑みを浮かべた。
「遥っ! 菅原遥、だよっ」
「……新見晃、です。……よろしく。遥」
そう言って軽く笑い返して見せると、遥は「んっ」と笑顔で頷いた。
「よろしくねっ! アッキー!」
「あッ……その呼び方はちょっと……」
「えっ? じゃあ何て呼んだら良い?」
「何て、って……」
普通に名前じゃダメなのか? と思いつつ、僕は少し考えた後で、「じゃあ……」と口を開き──。