【先行公開】続・盲目な恋に堕とされて 後編
🕑 Added 2023-12-13 11:23:28 +0000 UTC
「魅了の瞳(チャーム・アイ)♡」
そんな私に、ナーリスはもう一度魅了の魔眼を使ってくる。
今度こそ確実に真正面からその光を受け止めてしまった私の意識は、そのまま奴の瞳に宿った桃色の光へと、吸い込まれていって……──。
「……フフッ。ざっとこんなものかしら。まさか魔眼が解けるなんて、勇者とは言えど、人間にしては中々……──」
「うッ……うぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁああ゛あ゛ッ!」
私は喉が張り裂けんばかりに咆哮し、何とかアイルの手を振り解いて目の前にいるナーリスへと短刀を振りかぶる。
先程の甘ったるい吐息のせいで頭は回らず、短刀を持った両手にも上手く力が入らない。
それでも決死の力で絨毯を強く踏みしめ、私は目の前に立つナーリスに短刀を振り下ろ──そうとしたが、私が必死に振るった刃はすんでのところで空を切り、そのまま私の視界は横転する。
背後からアイルに腕を掴まれ、短刀を振るった勢いを利用するかのようにして、そのままナーリスのベッドに押し倒されたのだ。
背中にフカフカとした柔らかな感触を感じていると、アイルは片手で私の両手首を掴んで頭上で固定し、もう片方の手で短刀を持ってヒラヒラと軽く振って見せた。
「ダメだよエスラ、こんな危ない物をナーリス様に向けたら。あのお方の綺麗な肌が傷付いたらどうするのさ?」
「ッ……アイルッ! 離してッ! 目を覚ましてよッ!」
平然と語りながら短刀を遠くに放り投げるアイルに、私は仰向けの姿勢で拘束されたまま、必死にそんな声を張り上げた。
ただでさえ力を入れづらい姿勢な上、さっき吹き掛けられたナーリスの吐息のせいか、どこかふわふわと宙を漂っているかのような浮遊感が全身を包んでいる。
アイルと私の腕力は、同等か私の方が若干強い程度。
だと言うのに彼女の片手すら振り解くことが出来ず、両手を挙げた姿勢のまま口を噤むことしか出来ない。
「ご苦労様、アイル♡ 貴方のおかげで助かったわ」
すると、ナーリスがアイルにそんな労いの言葉を投げ掛けながら、ゆっくりとベッドの端に腰掛けた。
彼女の言葉に、アイルはその頬を赤らめながら「そんなッ……」と上ずった声を発した。
「身に余るお言葉、感謝致します。……ですが、私は貴女様の奴隷として当然のことをしたまでです。今後も貴女様の道具として、如何様にもお使い下さいませ」
「ッ……! アイル何言ってんのッ!? 目を覚ましてッ! 正気に戻──ッ!?」
正気に戻ってよ、と必死に訴えようとしたのも束の間。
アイルは光の失せた暗く冷ややかな瞳でこちらを見下ろし、私の手首を掴む力を強めたのだ。
手首に走る痛みのせいか、それとも彼女の目に畏怖してしまったのか。
ほとんど反射的に口を噤んでいると、ナーリスがアイルの肩をポンッと軽く叩いた。
「それぐらいにしてあげて? これからまた私の所有物になるのに、傷をつけるつもり?」
「も、申し訳ございません! 罰ならば何なりと……ッ!」
ナーリスの言葉に、アイルは慌てた様子でそう謝りながら力を緩める。
すると、ナーリスはクスクスと楽しげに笑って「構わないわ」と答えた。
「私の為に怒ってくれたんだもの。でも、次からは気を付けてよね?」
「あ、ありがとうございます……ッ!」
頬を紅潮させ、どこか恍惚とした笑みで答えるアイルの顔を、私はぼんやりと見上げる。
拘束する力が緩んだ今なら、この手を振り解いて拘束から逃れることが出来るかもしれない。
またすぐに捕まってしまうかもしれないが、それでも可能性がゼロと言う訳では無い。
……だと言うのに、私はベッドで仰向けになった姿勢のまま、呆然と彼女の顔を見つめることしか出来なかった。
すると、ナーリスがふと私の方に視線を向け、クスリと小さく笑って口を開いた。
「それにしても……エスラ。貴方、まさか本気でアイルに掛けた魔法が解けたとでも思ったの?」
「……何を……」
「私の魔眼の力、貴方はその身を以って知っているでしょう? 通常の人間だったらひとたまりも無い、強力な魅了の力」
奴はそう言いながら隣にいたアイルの肩を優しく抱き、その手で彼女の頬を軽くなぞった。
ただ触れられただけだと言うのに、アイルはその顔を恍惚に蕩けさせながらその手を受け入れる。
ナーリスはその様子を見てクスリと小さく笑い、私の方に視線を戻して続けた。
「貴方や他のお仲間さん二人は、人間にしてはそれなりの魔力を持っていたし、魔法の耐性も高くて中々効きづらかったわ。でも……この子は目が見えないから効かなかっただけで、魔力や魔法耐性自体は常人並か少し強い程度」
「……それは……」
「その上、他でも無い貴方自身の手で容赦なく堕としきってくれたんじゃない。もう二度と元には戻れないくらいに、あんな生意気な口が二度と利けないぐらい徹底的に……それなのに、勇者である貴方と同じようにこの子も一緒に元に戻ったなんて、本気で信じていたのッ?」
嘲笑を浮かべて言い放つナーリスの言葉に、私は思わず口を噤む。
……彼女の言う通りだ。
他でも無い、私が、この手で……アイルを辱めて、陥れたんじゃないか。
それに、アイルが私達よりも魔法耐性自体は弱いというのも事実だ。
全部、全部……彼女の言う通りだ。
でも、そんなこと……私だって、とうに分かっていたよ。
アイルが目を覚ましたと信じる一方で、もしかしたら、コレは全て演技なんじゃないかと疑う気持ちがあった。
だって……だって、そうだろう?
私がこの手で、彼女の身も心も踏みにじって、この場所へと引きずり落としたのだから。
それに……さ。
変だと思ったんだよ。
あの時、アイルが自分の魔法も解けていると私に告白してきた瞬間。
彼女は一度周囲を見渡して、近くに人の気配が無いことを察知してから告発してきたが、あの時からずっと違和感が拭いきれなかった。
だって、だって……おかしいじゃないか……ッ!
アイルが私のせいで視力を失ったのは、今から十年前の七歳の頃。
人生の半分以上を目が見えない状態で過ごしてきて、つい最近再び目が見えるようになったばかりの彼女が、咄嗟に視覚の情報に頼るだろうか……と。
彼女が周囲の気配や情報を探る時は、いつも……目を瞑って、聴覚や嗅覚などと言った他の感覚に頼っているのだから。
分かっていた。
本当は、ずっと分かっていた。
だけど、もしかしたらこれらが全て私の考え過ぎで、本当にアイルが正気を取り戻したのではないかと……ほんの微かな希望を信じたかった。
物心ついた時から一緒だった、誰よりも大切な幼馴染との絆を……信じたかったんだよ……。
「反論しない、ということは……どうやら図星みたいね?」
「……」
「全く……勇者様ともあろう方がこの体たらくとは……恋は盲目、なんてよく言ったものよね」
「……えっ……?」
平然と言ってのけるナーリスの言葉に、私は喉から何とか振り絞ったようなか細い声で聞き返す。
すると、彼女はユラリと私の顔に視線をくべながら「あら? 違うの?」と首を傾げた。
なん、で……お前が、その、ことを……?
だって、その感情は……──。
「えっ? エスラ……恋、って……」
「ッ……!」
直後、掠れた声で呟くように言うアイルの声に、私は咄嗟に視線を向けた。
そこでは……キョトンとしたような呆けた表情で、私の顔を見つめている彼女の顔があって……。
……知られてしまった……ッ!
目が合った瞬間、内心そう気付くと同時に羞恥心が溢れ出し、カァッ……! と自分の顔が熱くなるのを感じた。
「ま、まま待って、アイル……ッ! これは違くてッ……」
「あら、もしかして片想いだったの? てっきり恋人同士なのかと思っていたわ」
「ッ……! 貴様ッ……!」
クスクスと笑いながら言うナーリスに、私は声を荒げて掴みかかろうとする。
しかし、すぐさま両手を拘束する力が強まったかと思えば、アイルが私の顔を覗き込んできた。
「エスラ、言葉を慎め。相手はナーリス様だよ?」
「ッ……!」
冷ややかな声で言うアイルの言葉に、私はグッと口を噤む。
改めて、彼女がナーリスに魅了され籠絡されている事実を突き立てられた悔しさから──では、無かった。
こんな状況でも、私は……好きな人との接近に、胸を高鳴らせてしまったのだ。
何より、そんな自分があまりにも不甲斐なくて、私は自身の感情を押し殺すように口を噤むことしか出来なかった。
そんな私の様子に気付いているのか否か、ナーリスは拘束するアイルに「構わないわよ」と答えた。
「とは言え……正直なところを言うと、アイルは勿論だけど……エスラ。貴方に掛けた魔法が解けたことだって想定外だったのよ。オマケに魔眼も通用しなくなっているし、どうしたものかしら」
「……何……?」
自身の頬に手を当てて溜息をつきながら困ったように呟くナーリスに、私は咄嗟に聞き返す。
奴の魔眼が、通用しなくなってる……?
確かに、奴の寝込みを襲ってから二度“魅了の瞳”を喰らったが、どちらも何とか耐え切ることが出来た。
今回は事前情報として奴の手口が分かっていたので、多少なりとも心構えが出来ていたからだと思っていたが……確かに、言われてみれば二回共それなりに近い距離で真正面から受けたと言うのに、全くと言っても良い程に効果が無かったように感じる。
「あら、気付いてなかったの? もしかしたら、一度魔眼を受けたことで耐性が……いえ、私の魔法に対して免疫が出来た、と考えるのが正しいかもしれないわね」
「免疫……」
奴の言葉に、私は小さく呟く。
原理は分からないが、何はともあれ、奴の魔眼が効かなくなったというのは大きい。
これなら、まだ奴の隙を伺って反撃する機会が残されているかもしれない。
アイルと敵対するのは心苦しいが、背に腹は代えられないし仕方がないだろう。
そう思い、拳を強く握り締めた時だった。
「だ、か、ら……♡ 私、良いことを思いついちゃったのよねぇ♡」
「何ッ……?」
自身の顎に指を当てながら続けたナーリスの言葉に、私は思わず聞き返す。
すると、奴は「ねぇ、ア~イル♡」と猫なで声を出しながら、私を拘束し続けているアイルにしなだれかかった。
「この子、さっきから私の言うことを全然聞いてくれないのよ……♡ でも、貴方のことは大好きみたいだから……大好きな貴方の言うことなら、聞いてくれるんじゃないかと思うのよね……♡」
「……まさか……ッ!」
アイルの肩を抱き、穏やかな口調で語り掛けるナーリスの言葉に、私は思わず声を洩らす。
奴がこれからアイルにさせようとしていることが、分かってしまったから。
やめろ……ッ! お前はこれから、アイルに何をさせようと言うんだ……ッ!
これ以上、アイルの手を汚させようと言うのか……ッ!?
「だから、命令♡ 貴方の口で……♡ この子を“説得”してあげて?♡」
「貴様ァッ……!」
続けられたその言葉に、私は両手を拘束していたアイルの手を振り解きながら腹筋の力で強引に体を起こす。
コイツは……ッ! コイツだけは、絶対に許すわけにはいかないッ!
一度ならず二度までも、私達の絆を利用して弄ぶこの女をッ!
人の人生も心までもを身勝手に踏みにじり、愚弄するこの女だけはッ!
「貴様は絶対にッ! この手で殺──んむッ……!?」
力任せに起き上がり、ナーリスに掴みかかろうとした正にその瞬間。
突然誰かに頭を掴まれたかと思えば体を引き寄せられ、そのまま唇を奪われた。
唇に触れた柔らかな感触に、頭に昇っていた血がゆっくりと引いていき、そして……すぐ目の前にある白銀の瞳を見て、加速する。
「んんんッ!? んむぅッ……!?」
突然のことに驚きながらも、私は咄嗟に両手に力を込めてアイルの体を突き返す。
しかし、彼女はすぐに私の後頭部を鷲掴み、すぐさまもう一度唇を重ねた。
「んんむッ……んッ……んんんんッ!?」
くぐもった声を洩らし、どうにか抜け出そうと藻掻いていた時だった。
強張った唇の隙間を縫うように、温かく艶めかしい肉塊が潜り込んできたのは。
こ、れは……ッ!?
「んんッ……!? んちゅッ……やめッ、んむぅッ……」
何とか息継ぎの合間に抵抗の言葉を紡ごうとするも、すぐさま唇を塞がれて舌を絡め取られる。
やばッ……何、これぇ……ッ?
息、吸われて……口の中、舐められてッ……上手く息が、出来ない……ッ。
目を開けば私の目を真っ直ぐに見つめるアイルの瞳があって、息継ぎの為に離れる唇から漏れ出る彼女の吐息と湿り気を帯びた声が、私の鼓膜を震わせて脳髄を激しく揺らす。
アイルが私にキスをして、気持ち良くしようと模索している。
……その事実だけで、涙が出そうなぐらいに嬉しかった。愛おしかった。
体が跳ねる。気持ちよくなったらダメだと分かっているのに、喉からは熱を帯びた嬌声が漏れ出し、心の底から溢れ出す歓喜に身体を打ち震わせる。
頭、ボーッとしてきて、何も考えられなくなって……──。
「んッ……♡ んむッ……♡」
「んちゅッ……んッ……♡」
気付いた時には、私の体はまたもやベッドに押し倒されていた。
私の体の上に馬乗りになったアイルは、仕上げと言うかのように私の口内に唾液を流し込んでくる。
あぁ……♡ アイルの唾液……♡ 欲しい……♡ 欲しいぃ……ッ!♡
込み上げる情欲に身を任せて与えられる唾液を嚥下していると、彼女はその目を柔らかく細めながら私の頭を撫で、水音を立てて唇を離した。
「ぷはッ……♡ はッ……♡ はぁ……ッ♡」
「わ……♡ エスラってば、キスだけなのにもうトロトロ……♡ 本当に私のことが好きなんだね……♡」
ようやく深い接吻が終わって悦楽に身体を震わせて荒い呼吸を繰り返す私の姿に、アイルは私を見下ろしてそう言いながら舌なめずりをする。
彼女の言葉に、私の肩はビクリと微かに硬直し、恍惚に浸っていた思考がゆっくりと浮上してくるのを感じた。
……そう……だった……。
そういえば、アイルに……私の気持ちが知られてしまったんだっけ……。
途端に自身の現状を理解し思わずその身を強張らせていると、アイルはクスリと小さく笑って私の顔を覗き込み、そのまま頬に軽く唇を触れさせてきた。
「ッ……」
「嬉しいなぁ……♡ まさか、エスラが私のことを好きだなんて……♡ 夢みたい♡」
彼女はそう言いながら、今度は私の額に口付けを落とす。
たったそれだけで、私の心臓は勝手に高鳴り出し、頬が熱を帯びて思考が火照っていく。
このまま彼女の手に身を委ねたくなるのを必死に耐え忍ぶ私は、ベッドのシーツを強く握り締めながら「やッ……やだ……ッ」と必死に声を振り絞った。
すると、アイルが不思議そうな顔で私の顔を見つめてくるので、私は震える唇で「もう……やめて……ッ!」と言葉を紡いだ。
「こんなのッ……間違ってるよ、アイルッ……!」
「間違ってる……?」
「だって、その言葉はッ……! アイルの本心じゃない……ッ!」
何とかそう続けた瞬間、私の目から涙が溢れ出す。
あぁ、くそッ……泣くつもりじゃなかったのに……ッ!
嗚咽を零しそうになるのを必死に耐えていると、霞む視界の先で、驚いたように目を丸くしてこちらを見つめるアイルの姿が見えた。
彼女はすぐに困惑したような笑みを浮かべ、「……えっ……?」と聞き返す。
「何、言ってるの……? 本心じゃないって……」
「だッ、だってッ……アイルは、今ッ……ナーリスの魔法で、おかしくなってて……ッ! グズッ……今のッ、アイルはぁッ……アイルじゃッ、ないがら゛ぁッ……!」
言葉を紡げば紡ぐ程、私の両目からは涙が溢れ出る。
……今のアイルは、ナーリスに魅了されて何の手段も選ばなくなっている。
ナーリスの命令に従い私を陥れる為ならば相手の精神を揺さぶるかのような言葉を選び、手段を選ばず徹底的に心を折りに行く。
かつて、私達がアイルにそうしたように。
今のアイルの状態を身を以って知っているからこそ、彼女の言葉が本心からの物では無いことも、私を堕落へと誘う為の甘言であることも分かっている。
分かっているのに……それでも尚、彼女の口から紡がれる愛の言葉は酷く甘美な物だったから。
もしかしたら本心からの言葉なのではないかと期待してしまう自分がいて、そんな気持ちを自身の言葉で否定するだけで胸がはち切れそうになって、胸が痛くて苦しくて仕方がない。
でも、でもさ……分かってるんだ。
彼女の言葉が、ナーリスの魔法によって言わされているものだと。
だって、アイルは……私達“三人”のことが好きだから。
「アイル、いつも言ってたよね……ッ……皆と一緒にいるのが、好きだってッ……四人でずっと一緒にいようって……ッ!」
「う、うん。だから、エスラが私のこと好きだって言ってくれて、本当に嬉し」
「それって……誰か一人を選ぶつもりはないって、意味でしょう……ッ?」
私の言葉に、アイルは微かに目を丸くしてその身を硬直させた。
彼女の反応に、私は喉が詰まるかのような痛みを感じながらも、続ける。
「分かってる……アイルが好きなのは、皆で一緒にいる時間だからッ……誰か一人を選ぶことは無いって……告白しても、困らせるだけだって……」
「エスラ……」
「私、ただでさえアイルのこと、困らせてばっかりで……ッ! アイルの目だってッ、私のせいで……ッ! 私より、ルシェやユイの方が、アイルのこと幸せにしてくれるって思ったッ! でも、アイルが皆でいたいって言ってくれたからッ、離れることも出来なかった……ッ!」
溢れる。
心の奥底に閉じ込めていた感情が、溢れて、零れて止まらない。
「だからッ……だから、私はッ……──この気持ちを隠すって決めたのッ! アイルの傍にいたかったからッ! 私の気持ちでアイルを困らせたくなかったからッ……! もうこれ以上ッ……アイルを困らせたくな──ッ?」
これ以上、アイルを困らせたくなかったから。
そう告げようとした私の言葉は、突然頬に口付けを落とされたことで止まる。
咄嗟に口を噤んでいると、アイルは私の目から溢れ出す涙を優しく舐め取りながら、ゆっくりと続けた。
「ごめん、エスラ。エスラがそんなに苦しんでいたなんて知らなかった」
「アイル……ッ……」
私の言葉を待たず、彼女は私の頬に口付けをする。
キスをして、舌を這わせて、溢れ出る私の涙を拭い取る。
溢れ出した私の気持ちごと、飲み干していく。
「そんなこと言わせてごめんね。本当は、私も……エスラのことが好きだよ」
『えっ、恋愛? うーん……まだしばらくは良いかな。今は、皆と一緒にいる時間が楽しいから』
囁くアイルの声に重なるように、いつだったかの光景が脳裏に蘇る。
私の涙をある程度は舐め終えたのか、彼女は唇で私の輪郭をなぞるように首筋へと顔を近付けた。
『三人の中の誰かと……? 何その質問。まぁ、きっと皆付き合ったら楽しいとは思うけど……あんまり考えられないな』
「まさか、エスラも私のことを好きだなんて思わなかったから……そんなにエスラのことを悩ませてたなんて、知らなかったんだよ」
「うぅ……うぅぐッ……!」
首筋に顔を埋めて口付けを落としながら紡がれたその言葉に、思わず呻くような声が漏れた。
分かってる。どっちが彼女の本心かなんて、考えるまでも無い。
でも、今の彼女が紡ぐ言葉は……私が、心のどこかで欲していたもので……。
『だって、三人それぞれに良い所があるんだもん。誰か一人なんて選べないよ』
「エスラが望むなら、私はエスラだけを選ぶよ。他の二人のことなんて関係ない。エスラのことだけを愛してる」
彼女はそう言いながら私の耳元に口を近付けて、軽く唇を触れさせる。
そのまま耳の軟骨を軽く唇で挟み、軽く舌を這わせてから、彼女はゆっくりと口を開いた。
『だから、今は皆といる時間が一番好き。ルシェも、ユイも……もちろん、エスラも。皆が揃って笑い合ってるこの時間が、一番好きなんだ』
「だから、エスラ。ナーリス様の道具として……私と一緒に、堕ちてくれる?♡」
その声を、言葉を、耳にした瞬間。
私の中で──何かが切れる音がした。
「アイル……ッ!♡ アイルぅッ……!♡」
「あはッ♡ エスラってば可愛──んむッ!?♡」
私は馬乗りになったアイルの首に手を絡め、そのまま引き寄せてキスをした。
深く、深く唇を重ね合い、半開きになった唇の隙間から舌を挿入する。
アイルの方からも舌を差し出してくれるので、息を吸って彼女の舌を絡め取り口内を舐め尽くしていると、重なり合った舌を伝って唾液が流れ込んできた。
何年もの間待ち望んできた、愛の雫。
一滴も零してなるものかと、私は彼女の後頭部を強く掴んで隙間なく唇を重ね合い、重力に従って落ちてくる雫を嚥下する。
あはッ♡ 美味しい♡ アイルの唾液♡ アイル♡ アイル♡ 好き♡ 好き好き大好き♡ もっと欲しい♡ アイルの全てが欲しい♡ アイルも私の全てを受け止めて♡ アイル♡ アイル♡♡♡
でも、まだ足りない。キスだけじゃ足りない。
堰を切って溢れた感情は止まらない。
一度零した水を器に戻すことは出来ない。
黒のインクを零した紙は白紙には戻せない。
「んんむッ……♡ ぷはッ……♡ アイル……♡ 服、ぬご……♡ もっと深く交わろう……?♡」
「う、ん……♡ 分かった……♡」
唇を離し、込み上げる情欲のままに訴えた私の言葉に、蕩けた表情を浮かべたアイルはコクッと小さく頷いてそう答える。
最初に私がアイルの服を脱がせ、その次に彼女が私の服を脱がせてくれる。
身に付けていた服を脱がして貰うと胸に巻いたサラシが露わになるので、アイルが覚束ない手つきでソレを解くと、締め付けられた私の胸が解放されて服を脱がす為に顔を近付けていた彼女の頬に触れた。
それだけでピクリと肩を震わせる彼女の様子が愛おしくて、私はそのまま彼女の頭を胸で挟み込んだ。
「んむぅッ……?♡」
「アイルってば可愛い~♡ ビックリしたの?♡ 可愛いからもっとも~っと気持ちよくしてあげるっ♡」
私はそう言いながら、胸に挟んだアイルの頭を胸ごと揉み込む。
十歳を過ぎた頃から、体の成長と共に大きく膨らんでいった胸。
少し動くだけで揺れるし、肩は凝って戦いの邪魔だし、何より異性から変な視線を向けられるのが不愉快だった。
四人でいる時に愚痴ったら、アイルが布でも巻いたらどうかと提案してくれたので、こうしてサラシを巻いて隠してきた。
体つきが良くてセクシーだなんて褒められることもあったけど、一番褒めて欲しい相手には見えないのだから意味が無いと思っていた。
だけど、今……その人は私の胸の中で、くぐもった声を洩らしながら小刻みに打ち震えている。
こんなにも可愛らしい彼女の姿が見れたのだから、コンプレックスだったこの胸も悪くないなと思う。
私は胸でアイルの頭を挟んだまま、彼女の両足の間に太ももを滑り込ませて秘所を強く擦り上げる。
すると彼女はビクンッと体を震わせたかと思えば、もっとして欲しいと言うかのように私の太ももに下腹部を押し付けてくる。
なので、私は片手で彼女の肩を支えたまま、太ももで彼女の秘所を強く擦り上げた。
「んんぁッ!?♡ あぁあッ!?♡」
「あはッ♡ 気持ち良い?♡ おっぱいの中でビクビク震えちゃって可愛い~♡」
私はそう言いながら胸に顔を埋めたままくぐもった嬌声を上げるアイルの頭を撫で、太ももを彼女の秘所に押し付けて擦り上げる。
太ももを動かす度にアイルは甲高い嬌声を上げてその身を打ち震わせ、もっともっととねだるかのように腰を揺らす。
だから私は胸から彼女の顔を離し、ぐしゃぐしゃに乱れた彼女の銀髪を撫でつけながら口を開いた。
「アイル♡ 今度はアイルからキスして?♡」
「ん♡ いいよ……♡」
私の言葉に、彼女は恍惚とした笑みを浮かべたままそう答えると、身を乗り出して唇を重ねる。
気持ちいい……♡ アイルの唇、柔らかくて美味しい……♡
何度か啄むようにキスをした後、アイルは私の下唇を食んで甘噛みし、そこからゆっくりと舌を挿入してくる。
舌を絡めて互いの口内を貪り合うように交わった後、アイルはゆっくりと私の唇を離した。
もう終わり……? と少し落胆していると、彼女はゆっくりと視線を落として私の胸元に顔を近付け──。
「んひぁッ……!?♡」
「んちゅッ……♡ んッ……♡」
豊かに実った双丘の先端から感じた甘い刺激に、私は思わず嬌声を洩らす。
それに、アイルは微かに笑みを零しながら私の体を支え、胸の先端にある突起を唇で食んで甘美な刺激を与え続ける。
数瞬前まで接吻を交わした唇が、自分の胸を咥えて愛撫しているという事実だけで私の背筋を甘い電撃が走り、思考が火照って何も考えられなくなっていく。
だから私はお返しと言うかのように、彼女の体を支えて太ももでの愛撫を再開する。
すると彼女の体がまたもやビクビクと震えだすので、太ももの動きを早めながら彼女の胸元も愛撫してやると、「んぁああッ♡」と熱を帯びた声を洩らしたアイルが顔を上げる。
「エスラっ♡ これ、すごいぃッ♡ きもちいいッ♡ きもちッ、よくてぇッ……♡ もういっちゃッ──んんむぅッ♡」
「んふッ……♡ いーよ♡ 一緒にイこ♡ アイル♡」
何度目かになる口付けをした私はそう囁くと、もう一度唇を重ねて舌を絡める。
すると、アイルもその目を恍惚に蕩けさせながら私の腰に手を回し、私の胸を自身の小振りな胸で押し潰すかのように体を深く密着させてくる。
舌を絡ませ合い、息継ぎの度に離れる唇からは互いの名前を呼ぶ甘く火照った声が漏れ出る。
何度も何度も混じり合い、唇も体も深く深く交わらせながら、私とアイルはどちらからということも無く静かな絶頂を果たした。
その身は喜悦に打ち震え、意識が白濁の海へと沈みゆく中、それでも私達は交わりを止めない。
もっと、もっと、より深い交わりを求めるかのように。
私達はひたすら、互いの体を貪り合うのであった。
「ぁぁ……♡ は……♡」
どれくらいの時間が経った頃だろうか。
私の愛をその身一つで全て受け止めてくれたアイルはすっかり疲弊した様子で、掠れた呼吸を繰り返しながら全身を弱々しく打ち震わせてベッドに突っ伏している。
かく言う私も情欲に任せて散々アイルの体を貪った疲れが出たのか、そんな彼女の姿を見ていると全身にドッとした倦怠感が圧し掛かり、そのまま身を委ねるようにして隣に横たわっていた。
とは言え、これらも全て彼女との愛の証だと思うと不快感等は全く無く、何とも言えない充足感のようなものが胸中を満たしていた。
「すっかり夢中で交わっちゃって……本当にこの子のことを愛しているのね♡」
すると、どこからかそんな声がする。
その声に顔を上げようとしたのも束の間、ぐったりと脱力していた私の頭を両手で掴まれ、そのまま声がした方へと向けられた。
「魅了の瞳(チャーム・アイ)♡」
「ぁ……」
直後、視界一杯に広がった桃色の光を前に、私の喉からは掠れた声が漏れた。
本当に……綺麗な、光だ……。
意識が、光に……吸い込まれて、いって……光が、私の、中に……入ってきて……。
「はぁぁぁぁぁ……♡」
「ぅぁ……♡ は……♡」
吐息、吹き掛けられて……♡
甘い、匂い……♡ 嗅いでたら、あたま、ふわふわして……♡
あっ、光……♡ きれい……♡ もっと見てたい……♡ もっと入ってきてほしい……♡
もっと……♡ もっと、もっと……♡
「ふふ、ようやく効いたかしら。全く……手間を掛けさせてくれたわね」
「ぁは……♡ は……♡」
「それじゃあ、エスラ? 私の声をよぉく聞いていてね……♡」
ナーリスはそう言いながら私の頭を自身の膝に乗せ、優しく撫でつけてくれる。
声を聴けと言われたので、私は彼女の瞳に宿る桃色の綺麗な光を見つめたまま、言われた通りに耳を澄ませた。
すると、彼女は穏やかな笑みを浮かべながら私の頭を撫で、続ける。
「そうね……ちゃんと私の言ったことを聞いてるか知りたいから、私の言ったことは全部繰り返しなさい」
「は……ぃ……♡ 言われた、ことは……繰り返します……♡」
「良い子ね♡ それじゃあ、よぉく聞いていてね?」
「はい……よく、聞きます……♡」
彼女の声が、やけに頭の中に響く。
聴こえる声をそのまま復唱すると、まるで目の前に広がる桃色の光のように、その言葉までもが私の中へと入ってくるような感覚がした。
視界が、脳が、そして心が。
桃色の光と囁かれる言葉によって染め上げられるような感覚に酔いしれていると、ナーリスは私の頭を撫でて続けた。
「貴方はアイルのことが大好き。彼女のことが欲しくて堪らない。そうでしょう?」
「は、ぃ……♡ 私は、アイルの、ことが……好きです……♡ 彼女の、ことが……欲しいです……♡」
「アイルを自分だけのモノにしたい……アイルがいれば、他の物なんてどうでも良い……他のお仲間も、家族も、故郷も……全てどうでもいいわよね?」
告げられたその言葉に、私の脳裏に色々な物が過ぎった。
生まれ育った故郷。森の中にある小さな農村。
大切に育ててくれた両親。
村を守り、私に剣の稽古までつけてくれたアイルの両親。
温かく見守り育ててくれた村の人達。
いつも私の後ろに付いて来て、時には叱咤し背中を押してくれた妹のルシェ。
無口で不愛想だけど、その裏側には友達を思いやる優しい心を持って寄り添ってくれるユイ。
大切な故郷。大切な家族。大切な幼馴染達。
アイルだけじゃない。勇者として立ち上がり、私が守りたいと思った愛おしい日々。
全て守りたかった。だから私は強くなる道を選び、勇者として剣を取った。
でも……本当に私は、心の底から全てを守りたいと思ったんだったっけ……?
いつからか、私はアイルのことが好きだった。
何よりも彼女を守りたいと思ったし、許されるならば傍にいて支えたいと思った。
本当は……故郷の人々や他の幼馴染を守りたいと思ったのは、アイルのついでだったんじゃないのか……?
アイルが故郷の人々を愛していたから。皆でいる時間を愛していたから。
好きな人の愛する物を守りたかった。愛する人の笑顔を守りたかったから……戦っていただけなんじゃないのか?
もう、分からない。心中に沸いたこの疑念が。アイルへの気持ちが。故郷の人々に抱いていた感情が。
どこまでが私の本心で、どこからかナーリスに植え付けられた感情なのか、今の私には区別出来ない。
でも、もう……どうでもいいか……♡
こんなに気持ち良くて、幸せで……隣には、アイルがいるのだから……♡
私は隣で脱力するアイルの手に自分の手を重ね、ソッと優しく握り込みながら、ゆっくりと口を開いた。
「はい、私は……♡ アイルを、自分のものに、したいです……♡ アイルが、いれば……♡ 他は、どうでもいい……♡ なかまも、かぞくも、こきょうも……ぜんぶ、どうでもいい、ですぅ……♡ ……ぁぁ……♡」
ナーリスの言葉を復唱した瞬間、ふわふわと頭の中で漂っていた疑惑や感情がゆっくりと沈み込み、じわじわと心の中に染み渡っていくような感覚がした。
あぁ、そうか……♡ そうだったんだ……♡
私は、アイルがいればそれでいいんだ……♡
ずっとアイルを自分のモノにしたかった……♡ 彼女のことを独り占めしたかった……♡ その為に剣を握って戦い続けてきたんだ……♡
本当は故郷も家族も友達も、何もかもどうでもよかったんだ♡
アイルが大切にしてるから守りたいと思ってただけなんだ♡
今までの記憶と感情の整理が出来て、何とも言えない安心感が胸の中を満たす。
思わず口元が緩むのを実感していると、ナーリスがクスリと小さく笑って私の頭を撫でた。
「嬉しそうね……♡ でも、残念ね。アイルは私の所有物なの」
「……えっ……」
突然告げられた言葉に、私は掠れた声を洩らす。
えっ……? アイルは、ナーリスの物……?
でも、私はアイルを自分の物にしたくて……その為にずっと生きてきて……?
でもアイルがナーリスの物だと言うのなら、私の物にはならなくて……?
「ホラ、復唱」
「え、ぁ……はい……アイルは、ナーリスの、物……です……?」
「ナーリス様、でしょう?」
「はい……ナーリス様……」
言われた通りに復唱するが、私の思考は混乱していた。
だってそうだろう? ようやく念願だったアイルを私の物に出来たと思ったら、アイルはナーリス様の物だと言われて、有頂天まで昇っていた感情が一瞬にしてどん底まで突き落とされたかのような感覚がした。
そんな私に、ナーリス様は小さく笑って「でもね……♡」と続けた。
「貴方は優秀な子だから……貴方も私の物になってくれるのなら、アイルの所有権を譲ってあげても良いわよ」
「……えっ……?♡」
「私の為だけに生きて、私の手足として動くだけの道具になりなさい? どんな命令にも絶対服従する、奴隷人形になるの。アイルや、他のお友達みたいにね。そうしたら、アイルは貴方にあげる。私の命令に従う時以外は、貴方の好きなようにすれば良いわ」
分かったら復唱しなさい? と告げるナーリス様の言葉に、私は静かに生唾を飲み込んだ。
アイルを貰う代わりに……ナーリス様の、道具になる……?
彼女の為だけに生き、命令には絶対服従して思うがままに操られる奴隷人形に……?
そうしたら、アイルを私のモノに出来る……? 私の好きなように出来る……?
そんな……そんなの……──
「……はいッ!♡ 私はナーリス様の道具になりますッ!♡ ナーリス様の為だけに生き、貴女様の手足として動く道具ですッ!♡ どんな命令でも絶対服従の奴隷人形になりますッ!♡ いえ、ならせて下さいッ!♡ 貴女様の思うがままに操って下さいッ!♡」
──……考えるまでも無いじゃないか♡
私はアイルを自分のモノに出来ればそれで良いのだから♡
それ以外はどうでも良いのだから♡
故郷も、家族も、友達も……私自身も、どうなったって構わないのだから♡
アイルを手に入れられるのなら、奴隷でも人形でも道具でも何でも良い♡
「ふふっ、良かった♡ それじゃあご褒美として、貴方に良いものをあげる♡」
ナーリス様の言葉に、良い物……? と疑問に思った時だった。
下腹部に、甘美な灼熱の刺激が走ったのは。
「あぐッ……!?♡ あぁあッ……!?♡」
「大丈夫、力を抜いて♡ これは貴方を私の所有物として相応しいものへと変えてくれる、とても良いものよ♡ 安心して受け入れなさい♡」
「あひぁッ……♡ あぁぁ……ッ♡」
ナーリス様の言葉に、私は口から嬌声を洩らしながらも下腹部から力を抜いて与えられる刺激を受け入れる。
火照って覚束ない思考の中で、秘所に挿入されて体内で蠢く細長くしなやかなソレがナーリス様の指だと気付いた瞬間、下腹部の内側から燃えるような熱感がした。
「んぁあッ♡ あああ……ッ♡ あぁッ……はぁッ……んッ……♡」
下半身から感じた甘い熱は、じわじわと滲んで染み渡るかのように全身へと広がっていく。
全身の筋肉が。神経、血液が。
私という人間を構築する細胞の一つ一つまでもが甘ったるい熱に染まり、溶かされて作り替えられていくような感覚がする。
言うなればこれは、エスラという人間の終わりを表すのかもしれない。
しかし、その感覚はあまりにも心地良く幸せなもので、危機感を抱く隙間も無かった。
「ぁッ……♡ はぁあッ……♡ 私、が……終わッる……ッ!?♡ うぅうッ……!?♡」
「そうね♡ 貴方……エスラという人間の人生は、確かにここで終わるわ。そして生まれ変わるの♡ 私の所有物として、愛する人と添い遂げる為に……♡ ふふっ、幸せなことだと思わない?♡」
「しあッ、わせぇ……♡ あはぁッ……♡ しあわしぇぇ……♡ きもちいぃ……♡ しあわせ……♡ あぁあッ……♡」
幸せ。
そう口にする度に私の視界は桃色に明滅し、脱力した肢体は歓喜で打ち震える。
あぁ、そうか……♡ 私は、今日この日、この瞬間を迎える為に生まれてきたんだ……♡
物心ついた時から一緒だったアイルを好きになったのも。
優しい家族や村の人々に支えて貰い、強くなったのも。
愛する人の幸せを願い、自分の感情に蓋をしたのも。
そうしていつしか勇者として選ばれ、信頼する友と共に剣を取って立ち上がったのも。
全てはそう。この日、この瞬間の為の布石だったのだと。
私は全てを理解する。
「あはッ……♡ あぁッ……♡ んぁぁぁぁああああああッッッ♡♡♡」
その瞬間、下腹部から走った甘美な熱が全身を満遍なく満たしたような感覚がしたのと共に、私は込み上げる情欲のままに嬌声を上げる。
内臓の一つ一つから指の爪の先、毛髪の一本一本に当たるまで。
文字通り私という存在の全てが作り替えられるような感覚の中、私は歓喜の声を上げながら全身を震わせて、もうすぐ訪れる自身の終わりを受け入れる。
辛うじて自由の利く手で、アイルの手を強く握る。
過去も、未来も、人生も……──何もかもを手放してでも、手に入れたかった物。
それがもうすぐ手に入る。ただそれだけで、私の心は至上の幸福感に満たされた。
意識すらも甘い熱の中に堕ちるその間際。目から一筋の涙が零れ落ちるのを感じた。
それは、長年の想いを叶えられる歓喜の雫なのか。
それとも、何か……別の理由によるものなのか。
明確な理由を知ることが出来ないまま、私の意識は全身を溶かす甘ったるい熱の中へと沈んでいった。
---
「ぐッ……がはッ……」
私の斬撃を諸に喰らった男は、口から大量の血液を吐きながらその場に膝をつく。
もっと手こずるかと思っていたけど……意外と大したこと無かったな。
これも、ナーリス様から頂いた力のおかげだろうか。
そんな風に考えつつ、私は剣の刃についた血液を軽く振り払ってから柄を握り直し、男の元にゆっくりと歩み寄った。
「……どうして、だ……」
すると、男が掠れた声で小さく呟くように何かを言ったのが聴こえた。
突然のことに思わず足を止めると、彼は腹部の傷を押さえながら強く咳き込み、震える足で立ち上がる。
へぇ……こんなに大量の血を流して、最早瀕死だと言うのに……まだそんな力が残っていたのか。
内心でそんな風に考えていると、男は私に向かって剣を構えながら口を開いた。
「どうして、君が、こんなことをするんだ……ッ! エスラッ!」
「……へぇ……! よく私だって分かりましたね!」
男──否、アイルの父親であるジアンさんが息も絶え絶えに吐いたその言葉に、私は思わず感嘆の声を洩らした。
ナーリス様の手で生まれ変わった私の姿は、この村を出た時とは似ても似つかないくらいに見違えた。
青白く染まった肌。紫色の髪に、同色の目。
かつてこの村で暮らしていた頃、魔族の特徴として教わった容姿。
そう。私はあの日、ナーリス様の魔法によって魔族として生まれ変わったのだ。
少しでも多くナーリス様の命令に従えるよう、あのお方の手足として働けるように、人間の脆い肉体を捨ててこの強靭な力を手に入れた。
「凄いでしょう? この姿。ナーリス様に生まれ変わらせて頂いたんです。でも、もう昔の面影なんてほっとんど残ってないのに、よく分かりましたね?」
「がふッ……はぁッ……はぁッ……姿は、変わっても……剣術の、癖は……変わら、ないから、な……」
「あ~、なるほど。剣術かぁ~」
ジアンさんの言葉に、私はそんな風に呟きながら自分の握る剣を眺めた。
言われてみれば、確かに。剣の腕や剣捌きの癖までは中々変わらないか。
私とアイルは小さい頃からジアンさんに稽古をつけて貰っていたし、彼らしい目の付け所だなと思う。
そんな風に感心していると、彼は私の首筋に剣の切っ先を突き付けながら「どうしてだッ!」と声を張り上げた。
「どうして君がこんなことをするんだッ!? それにッ、その姿は何なんだッ! はぁッ……村の皆を守る為にッ、勇者として戦うんじゃなかったのかッ!? 一体どうしてッ!」
「うるさいなぁ」
必死に声を荒げるジアンさんの声が耳障りだったので、私は剣を軽く振るって彼の首を切り落とす。
胴体と分離した彼の顔が、信じられないと言いたげな表情でこちらを見上げてくるので、私は返り血の噴水を浴びながら笑顔で口を開いた。
「どうして、って……そんなの、ナーリス様のご命令だからに決まってるじゃん♡」
私はジアンさんにそう告げると、彼が必死に守っていた一軒の家屋の扉に視線を向ける。
木製の扉を蹴り抜いて中に入ると、そこには何人かの年端もいかぬ子供と、その子らを守るように佇む女性がいた。
彼女等は家の中に入って来た私を見て悲鳴を上げてその場から逃げ出そうとするので、私はすぐさま目の前に立ちはだかる女性を切り落とし、手近にいた少女の襟首を掴んで持ち上げた。
まずはこの子供から殺すか……と剣の柄を握り直した時だった。
「サラをはなせ! ばけもの!」
どこからかそんな声がしたかと思えば、太ももに微かな衝撃が加わった。
それに視線を落とすと、そこには両目に涙を浮かべながら私の足に掴みかかる幼い少年がいて……──。
「……鬱陶しいな」
私はそれだけ呟き、先に少年の体を切り捨てる。
それから室内にいた子供も全員殺し、他に生き残りがいないことを確認した私は、金目の物を頂いて家屋を出る。
「お姉ちゃん! そっちは終わった?」
すると、丁度教会を出てきたらしいルシェが、笑顔でこちらに駆け寄って来る。
彼女の後ろに続くようにしてユイもこちらに向かってくるので、私は「ルシェ、ユイ」と二人の名前を呼んだ。
「うん、大方は。……二人の方はどうだった?」
「邪魔してくる奴は、皆殺した。あとは、残ってないと思う」
「村のほとんどの人は教会に逃げ込んでたから、私が毒魔法で始末したんだっ! でもあの教会大きいから、他にも生き残りがいるかもしれないから、ユイに頼んで燃やしてもらったんだ」
ルシェの言葉に教会がある方へと視線を向けてみると、そこでは巨大な業火が上がっていた。
なるほど、火か。確かに、建物の中に生き残りがある可能性を考えると、それが確実かもしれない。
「良いね、それ。じゃあ、金目の物をある程度回収したら、他の家も燃やしちゃおうか」
「了解っ! ユイ、行こ!」
ルシェは笑顔でそう答えると小さく敬礼をし、隣にいたユイを引きつれて村の探索に向かった。
二人はナーリス様に生まれ変わらせて頂いた私の姿を見て大層羨ましがり、自分達も変えて欲しいとナーリス様に懇願した。
ナーリス様はそれに、次の村での物資の調達に成功すれば私と同じように魔族に変えることを約束したのだ。
それもあってか、今日の二人は一段と頑張ってるな……なんて考えつつ、先程の家屋から押収した金品を持って村の中を歩いていると、遠くで見慣れた銀色が揺れるのが見えた。
私はそれを見て思わず自分の口元が緩むのを感じつつ、彼女の元に向かう歩みを早めながら口を開いた。
「アイルっ」
声を張ってそう名前を呼んでみると、アイルはパッと顔を上げてこちらを見る。
目が合うと、彼女はその表情を明るくしながら地面に倒れ伏す銀髪の女性の体から剣を引き抜き、血を払うのもそこそこにこちらに駆け寄って来た。
「エスラっ! わざわざ来てくれたのっ?」
「うん。手伝いに来たんだけど……もう終わった?」
「うんっ! バッチリ! ちょっと手こずった相手もいたけど、一人で出来たよ」
アイルは笑顔でそう言いながら、私の腰に両手を回して抱き着いてくる。
それに「偉い偉い」と答えつつ頭を撫でてやると、彼女は嬉しそうにはにかみながら私の手を受け入れる。
私がナーリス様の物になった時、アイルも二人みたいに自分も同じようになりたいと懇願したが、私が拒否した。
私やナーリス様と同じ姿になるアイルも見てみたい気持ちはあったが、私の好きになった今のアイルの方が可愛らしいと思ったので、変わって欲しく無かったのだ。
それでもナーリス様の決定には逆らえないのだが、ナーリス様も私が嫌だと言うのならと、私の意見を優先してくれた。
アイルはそれに不満そうにしていたが渋々了承し、今では特に気にしていない様子だ。
「……ふふ。アイルってば、血付いてるよ」
そんな風に思い返しつつ頭を撫でていると、アイルの顔に返り血が付いていることに気付き、私はそんな笑みを零しながら彼女の頬を拭ってやる。
すると、アイルはピクッと微かに肩を震わせて「ん」と小さく声を洩らしたが、すぐに私の手に身を委ねた。
そんなアイルの姿に、気付けば私は手に持っていた金品が入った袋を地面に落とし、両手で彼女の頭を掴んで唇を奪った。
突然の口付けに驚いたのか、アイルは一瞬ピクリと肩を強張らせたが、すぐにその目を緩めて私のキスを受け入れる。
何度か唇を重ねた後、彼女はソッと私の首に両手を絡めて体を密着させて、唇の隙間から舌を挿入してきた。
なので、私は彼女の後頭部を掴んで頭を支えながら彼女の舌を受け入れ、自分の舌を絡ませる。
どこからか、建物が崩れるような音と共に誰かの悲鳴が聴こえてくる。
まだ生き残りがいたのだろうか。けど、まぁ……あの二人が何とかしてくれるだろう。
私はどこか他人事のようにそんなことを考えながらアイルの口内に舌を差し込み、時間も忘れて深い接吻に浸るのだった。