【先行公開】盲目な絆に絆されて(脳くちゅ・寄生洗脳IF) 前編
🕑 Added 2024-01-04 11:00:00 +0000 UTC
「盲目な恋に堕とされて」のもしかしたらあったかもしれない二次創作です。
もう少しだけ続きます。
後編はまた後日投稿します。
※※※
魔族領王都にて聳え立つ魔王城。
その最上階にある玉座の間にて、この城の主であり魔族を束ねる長でもある魔王ナーリスは、玉座に腰掛けて頬杖をつきながら小さく溜息をついた。
「……新たな勇者の誕生、ねぇ……」
数刻前、人族領の調査から戻って来た部下からの報告にて、人族領の辺境にある小さな村から魔王討伐の新たな勇者が選ばれたとの情報が入った。
魔族と比べて、肉体も魔力も何もかもが劣る人族。
今まで多くの勇者が魔王を討つ為にと立ち上がり魔族領へと乗り込んできたが、彼等は皆、強大な力を持つ魔物や魔族の前に倒れてきた。
しかし、今回の勇者は、もしかしたら今までのようにはいかないかもしれない。
というのも、以前ナーリスはその勇者の故郷である村に魔物の群れを仕向けたことがあったのだが、それら全てを今回勇者に選ばれたという少女が撃退したと言う。
辺鄙とは言え、一つの村を滅ぼす為に差し向けた魔物達だ。
一体一体の力もそれなりにはあったし、何より数が多かった。
だと言うのに、勇者の少女はそれら全てをたった一人で退けたと言う。
オマケに部下からの情報では、彼女が仲間として連れ立ったという同じ故郷の仲間達も、皆勇者と同等に近い能力を有していると推測されるとのこと。
このままいけば、こちらの多大なる損害は逃れられないだろう。
「何かが起こるより前に……先手を打っておきましょうか」
ナーリスはそんな風に呟きつつ、指先に紐状の生き物を這わせた。
無数の小さな手足を蠢かせ、艶めかしく這いずり回るその生き物を見つめたナーリスは、クスリと小さく笑みを浮かべるのであった。
---
「んッ……ぅ……」
夜も更け、皆が寝静まった丑三つ時。
魔族領と人族領の境界線沿いにある森の中、木々が開けた所に立てたテントの中で、アイルは小さく声を洩らしながら目を覚ました。
彼女は少し身じろぎをしてすぐさま寝直そうかと考えたが、下腹部の違和感に意識が削がれ、中々寝付けそうになかった。
──めんどくさいけど……トイレ行かなきゃ……。
彼女は心の中でそんなことを考えつつ、小さく一つ溜息をついて体を起こした。
幼少期の頃に森の中で魔物に襲われて以来目が見えなくなった彼女は、同じテントで眠る仲間を起こさないよう手探りで周囲の状況を把握しつつテントから出た。
「……あれ? アイルどうしたの? 目、覚めちゃった?」
そんなアイルに、外で焚火をしつつ見張りをしていたエスラが、そんな風に声を掛けた。
エスラ、アイル……そして、テントの中で眠っているルシェとユイ。
彼女達は幼少期の頃から同じ村で育った幼馴染であり、勇者として選ばれたエスラを筆頭にして魔王討伐を目指す旅の仲間だ。
今は故郷を発ち、魔王城がある魔族領への移動を行う最中。
故郷を発ち、これから何日か掛けて魔族領への移動を行う予定なのだが、故郷から魔族領方向にある次の町へはかなりの距離があった。
その為、今日は森の中で一泊し、明日の昼過ぎ頃には魔族領近くにある町に泊まって体を休める予定となっている。
しかし、森には魔物や盗賊等が潜んでいる危険性が高い為、こうして誰か一人が見張りをして周囲に警戒しなければならなかった。
現在の見張り番であるエスラに声を掛けられ、アイルは寝ぼけまなこを擦りながら「ん……」と小さく頷いた。
「ちょっと、トイレ……すぐ戻るから……」
「えっ、大丈夫? 近くまで付いて行こうか?」
完全に目が覚めきっていない様子で答えるアイルに、エスラは思わずそう聞き返す。
しかし、アイルはすぐに小さく笑って「大丈夫だよ」と答えた。
「ルシェとユイもいるんだし、エスラはここで見張っててくれなきゃ」
「でも……」
「もう子供じゃないんだからさ。心配しないで」
不安げな様子のエスラに対し、アイルはヒラヒラと軽く手を振ってそう答える。
それに、エスラは眉を八の字にして不服そうながらも、すぐに「分かった」と頷いた。
「でも、せめて剣くらいは持って行っときなよ。何があるか分からないんだから」
「はいはい。エスラは過保護なんだから……」
エスラの言葉に、アイルは辟易とした様子でそう言いながらも一度テントの中に戻り、自身の愛剣を持って来る。
それからエスラと別れたアイルは、「チッチッチッチッ」と軽く舌打ちのような音を鳴らしながら森の中へと踏み込んでいった。
音の反響や手探りで周囲の状況を把握しつつ、草木の中に身を隠したアイルは、周囲に気を配りつつ用を足す。
……カサッ……。
用を足し終えて衣服を正していた時、頭上の辺りから何やら枝葉が擦れるような音がして、彼女は僅かに顔を上げた。
──……? 今の音は……?
──風、は……吹いてない、よな……?
触覚と聴覚に意識を集中させ、木々を揺らす程の風が吹いていないことを感知したアイルは、先程の音に首を傾げた。
──……もしかして、枝の上に魔物でもいるのか?
──そんな気配は無いが……こちらに危害を及ぼすつもりが無いのなら、下手に刺激する前に戻った方が良いよな。
彼女がそんな風に考えて、野宿している場所に戻ろうと踵を返した時だった。
枝の上から、“何か”がアイルの頭の上に落ちてきたのは。
「ッ……!?」
突然頭に当たる何かの感触に、アイルは思わず声を詰まらせながらも咄嗟に頭を振った。
重量はあまり感じない。手で頭に感じる違和感を振り払おうとしても触れないことから、魔物だとしても恐らくそこまで大きくは無いのだろう。
虫の類か? と考えた矢先だった。
にゅるっ。
「んひッ!?」
突然耳の中に柔らかな何かが入って来るような感触があり、アイルは素っ頓狂な声を発した。
艶めかしく蠢く触手のような肉塊が、耳の穴から中に進入してくる形容し難い不快感に、彼女は「い、嫌ッ!」と甲高い声を上げながら耳の中に入った紐状の何かを掴んだ。
しかし、その時にはすでに大分奥深くまで中に入り込んで来ていたようで、どれだけ強く引っ張っても引きずり出せそうに無かった。
「ううあッ、何これッ……! やッ、エスラ助けッ──」
アイルがパニックになりながらも、咄嗟に身を翻してテントがある方へと逃げようとした。
正にその瞬間だった。
……ぐちゅりっ。
「んぉおッ!?」
突然、頭の中で耳障りな水音がしたかと思えば、アイルは間の抜けた声を発しながらその場に膝をついた。
視力を失って焦点の合わない両目は大きく見開かれ、半開きになった口からは「ぉッ……? ぉ……?」と掠れた声が洩れ出る。
ピクピクと微かに体を痙攣させながら、それでもどうにか立ち上がろうと足に力を込め──
ぐぢゅりっ。
「あぁぁあああッ!?♡」
──ようとしたところで、またもや頭の中で嫌な水音が響き渡る。
それと同時に虚空を見つめていた灰色の瞳はグリンと上方へと引ん剥かれ、目尻から一筋の涙が溢れて零れ落ちる。
ヒュー……ヒュー……と、大きく開かれた口で荒い呼吸を繰り返す中、アイルは働かない頭を必死に回転させる。
──さっきから……何、この感覚……!?
──頭の中で、グチャグチャって音がして、まるで脳味噌を直接掻き混ぜられてるみたいな……頭の中に入って来た何かが、私という人間を徹底的に潰そうとしているかのような……?
──分からない。とにかく、今すぐにでもエスラの元に戻って、助けを……──。
ぐぢゅッ! ぐちゅぐちゅッ! ぐぢゅりッ! ぐちゅッ! ぐぢゅぐちゅぐぢゅんッ!
「ひぃぎあぁ゛ああ゛あ゛ッ!?」
頭の中で響き渡る幾重もの水音に、アイルは掠れた悲鳴を上げながら頭を押さえてのたうち回る。
水音が響く度に思考が削がれ、“自分”という存在を裏付ける確固たる何かを削り取っていく。
痛みは無い。むしろ、水音が響く度に脳内にある記憶や思考といった様々な不純物が削ぎ落とされて、綺麗になっていくかのような……頭の中がクリアになっていくような、爽快感と心地良さがあった。
──……嫌だ……。
──嫌だ。嫌だ、嫌だ嫌だいやだッ!
──消えたくないッ! 嫌だいやだ消えたくないッ!
──怖い怖い消えたくない居なくなりたくない怖い嫌だいやだいやだいやだッ!
自分が消されていく。自分の中の決定的な何かが作り替えられていく。
そう、頭では理解出来る。
なのに、その行為を……心地いい物として受け入れそうになってしまう。
その事実が、アイルの心に純然たる恐怖を植え付けた。
──どうしてこんなことになったッ!?
──私はただ、エスラ達と一緒にいたくて……そう。その為に、魔王を倒す為の旅に出た。
──こんな所で倒れるわけにはいかない。私はこれからも、皆と一緒にいたいから──。
ぐぢゅりッ!
「んひぁあッ!?♡」
頭の中で一際強い水音がしたかと思えば、アイルの体はビクンッ! と強く痙攣し、光を失った視界に閃光が走る。
突然目の前がバチバチと激しく明滅するような感覚の中、その場に倒れ伏せたアイルの口から涎が垂れる。
「ぁぁ……ぁ……」
完全に思考を失った彼女は、地面の上でうつ伏せになった姿勢のまま掠れた声を洩らす。
しかし、頭の中で蠢く何者かはそんなことで止まるはずもなく、ぐちゅぐちゅと鈍い水音を鳴らしながら脳内を這いずり回る。
脳味噌の中を無造作に這い、その肉体から伸ばした幾千もの触手で根を張り、アイルという人間の脳内を作り替えていく。
しかし、最早それに抵抗出来る術を彼女は持っておらず、地面に倒れてその身を打ち震わせながら掠れた声を発して自身の変化を受け入れることしか出来なかった。
ぐちゅぐちゅっ、ぐぢゅッ。ぐちゅっ、ぐちゅッ、ぐぢゅっ、ぐぢゅりッ。くちゅッ、くちゅくちゅっ、くぢゅッ! くちゅッ、くちゅッ、ぐちゅッ、ぐぢゅッ!
「あッ、あッ、あッ♡ あぁッ、あッ、あ……あッ、あっ、あッ、あッ……」
壊される。
今まで生きてきて積み重ねてきたものが、頭の中に進入してきた幾多もの手によって摘み取られ、握られて潰されて作られていく。
自分が自分で無くなっていくのが分かっていながらも、彼女に出来ることは頭の中に響く水音に身を委ね、たまに肢体を打ち震わせて無機質な声を発することだけ。
自分の生まれ育った村のことも、産んで育ててくれた両親の顔も、自身の名前すら思い出せなくなっていって……──。
「……ぁ……」
何もかもを失った頭の中で、一番奥深くまで根付いた“ソレ”に気付いた瞬間、彼女は微かな声を洩らした。
物心ついた時から一緒だった正義感の強いエスラ。
彼女の妹でしっかり者のルシェ。
故郷を追われて孤独だった寂しがり屋のユイ。
幼少期の頃から育ってきた、唯一無二の大切な幼馴染達。
何もかもを失った“アイル”にとって、最期に残された大切な──。
「や、め……それは……──ッ!」
ぐぢゅぐぢゅぐぢゅッ! ぐちゅッ! ぐちゅぐちゅッ! ぐぢゅりッ! ぐちゅッ!
消される。壊される。潰される。
自分という存在の何もかもが、踏みにじられていく。
しかし、最早自分が何かを失ってしまったことすら分からなくなった彼女は、受け入れるという判断も出来ないまま成すがままに作り替えられていった。
「……」
……どれだけの時間が経った頃だろうか。
永遠に続くかと思われた脳内の水音は突如として止み、それに伴って微かに痙攣し続けていた体も脱力し、ピクリとも動かなくなる。
地面に突っ伏したまま、まるで死んだかのように横たわっていると……──ぐちゅり、と──……脳内で、乾いた水音がした。
直後、倒れているアイルの指先が、ピクリと微かに震える。
──ぐちゅッ──。
──ぐちゅっ、ぐちゅりっ──。
次いで、頭の中で断続的に不規則な水音が響いたかと思えば、脱力して横たわっていたアイルの四肢に力が籠っていく。
彼女は緩慢な動きで地面に手をついたかと思うと、ゆっくりと体を起こしてその場で立ち上がり──
「んっ、ん~……! 終わった~!」
──明るい声でそう言いながら伸びをする。
ググッと数秒ほどの大きな伸びをしたアイルは、すぐさま自身の体に視線を落とし、自分の体の様子を確認して「ん」と頷いた。
「異常なし! 怪我とかも無さそうだね。目もちゃんと見えてるし」
アイルは──……否、“奴”はそう呟きながら、自身の目元に手を当てて軽く辺りを見渡した。
彼女の脳を支配して体の主導権を奪った際、目が見えないと色々と不都合も多かった為、脳内から眼球に掛けての神経系を弄って視力を復活させたのだ。
見様見真似だったが、上手くいったようで何よりだ……なんて考えつつ、彼女はしばし体の調子を確認してから「うん」と笑顔で頷いた。
「体も問題無く動くし、記憶や性格の引き継ぎも無事出来てそうだな~。よし、それじゃあ……」
「アイル~! 大丈夫~!?」
状態確認を終えて一人呟いていた時、どこからかそんな風に呼び掛けてくる声がした。
なので咄嗟に口を噤んで視線を向けると、そこでは草木を掻き分けてこちらに歩み寄ってくるエスラの姿があった。
──あれは確か、幼馴染の……。
その姿に、まだ定着し切っていない記憶を参照してエスラと自身の関係性を思い出したアイルは、その口元にニヤリと微かな笑みを浮かべた。
──丁度いいや。まずはあの子から……。
「エスラ? どうしたの?」
「アイル! どうしたの、じゃないよ~もぉ~。全然戻ってこないから心配したんだよ?」
聞き返してくるアイルに対し、エスラは呆れたように言いながら彼女の元に歩み寄る。
それから立ち尽くしているアイルの姿を見て、すぐにギョッとしたような表情を浮かべた。
「ちょっ、泥だらけじゃん! 何してたの!?」
「えっ、あぁ……急に魔物が襲ってきてさ。何とか撃退したんだけど、手こずっちゃった」
「えぇっ? 大丈夫だったの? 怪我は無い? 痛い所とか……」
何でもないことのように答えるアイルの言葉に、エスラはそう心配しつつ彼女の体を調べる。
とは言え、当然ながらアイルの体には傷一つ無く、服や体に土汚れが付いているのみだ。
それでも念入りに調べているエスラの様子を見て、アイルは小さく息をついた。
──こんな心配して、本当に“アイル”のことが大切なんだな……。
──……それなら……。
「……ねぇ、エスラ」
「うん?」
突然名前を呼ばれ、アイルの体の様子を見ていたエスラはキョトンとしたような表情で顔を上げた。
アイルはそれに彼女の服を掴んで軽く引き寄せ、その目を真っ直ぐに見つめて続けた。
「私と……キスしない?」
「……ッえ?」
突然放たれたその言葉に、エスラは素っ頓狂な声で聞き返す。
数瞬置いた後、彼女はカッとその顔を真っ赤にしながら「えぇッ!?」と驚いた。
「あ、アイルッ? 急に、何言って……」
「今、エスラとキスしたいの。小さい頃だってしたことあるし……ダメ?」
「や……ダメ、とかじゃ……」
体を寄せ、上目遣いで訴えてくるアイルの言葉に、エスラは目を泳がせながら返答に迷う。
──いやだってアイルが、キスしたこと、無かったことにしようって言って……子供の頃のキスは、意味とか分かってなかったから……でも、アイルからキスしようって言ってくるってことは、つまりそういう意味ってことで……?
「エスラ……私とキス、してくれないの?」
グルグルと激しく思考が渦巻く中、アイルはそんな風に続けながらエスラの腰に両手を回し、軽く抱き締めるようにして体を密着させる。
寝間着用の薄手の服越しに感じる彼女の体温や肉感に、エスラは激しく高鳴る鼓動をひた隠しながら、目を逸らして「や……嫌、とかじゃ……」と、震える声で答えた。
すると、アイルは小さく笑みを浮かべて「良かった」と答えると、エスラの頬に手を添える。
「じゃ……目、瞑って?」
「う……ん……」
小さく囁かれたその言葉に、エスラは小さく頷きながら言われた通りに両目を瞑った。
すると、アイルが息を吐くようにして小さく笑う声がしたかと思えば、ソッと優しく頬を撫でられて……──「ッ……」──……唇を奪われる。
唇に触れる柔らかな感触に、エスラは一瞬ビクリと肩を震わせて硬直するが、すぐにその体から力を抜いてアイルからの口付けを受け入れた。
──うわ……本当にアイルとキスしてる……。
──アイルの唇柔らか……ふわふわしてて、溶けちゃいそう……。
目を瞑り、幼い頃から好きだった人との口付けを堪能しているエスラの様子を、薄く瞼を開いたアイルはジッと見つめている。
何度か啄むような口付けをした後、アイルはソッとエスラの後頭部に手を添えて支えて……──緩んだ唇の隙間から、舌では無い“何か”を挿入した。
「んんッ……!?」
口内に入って来る艶めかしく柔らかな肉の感触に、エスラはビクッと肩を硬直させながら瞼を強く瞑った。
一瞬思わず身を引こうとしたが、後頭部に添えられた手に力が込められ拒絶出来ない。
──もしかして、これ……アイルの……──ッ?
そんな考えが過ぎると同時に舌を絡め取られ、エスラはくぐもった声を洩らしながらも、力を抜いてアイルに身を委ねる。
──まさか、アイルがこんな積極的に求めてくれるなんて……夢みたい……♡
──もしも、これが夢なら……どうか、このまま覚めないままで……。
そんな風に考えていると、口内を蠢く軟体生物のような肉塊が、喉に差し掛かってきた。
「んんッ……!?」
舌の付け根の更にその奥まで肉塊の先端が触れた感触に、エスラは思わずくぐもった声を洩らしながら目を見開く。
そこには、エスラの目を真っ直ぐに見つめるアイルの双眼があって……──
「ッ……!?」
──……待って……ッ!?
──今も、さっきも……どうしてアイルは、私の目を真っ直ぐに見てるの!?
──アイルは目が見えないんだから、特定の何かを見つめることなんて出来ない筈じゃ……ッ!?
「んんぐッ……んんッ……! アイル、待っ──んむぅッ……!」
エスラは脳裏を過ぎった思考に危機感を持ち、咄嗟に両手に力を込めてアイルの体を突き返そうとするが、彼女がエスラを抱く力は強くすぐさま抱き締められる。
──どうして……ッ!? 私の方がアイルより力は強い筈なのに……ッ!
──それに、こんな強引なやり方、アイルらしくない……ッ!
エスラが思考を動転させながらも、必死に力を振り絞ってアイルの体を突き離そうとしたその瞬間。
アイルの口から潜り込んできた肉塊がエスラの喉を通り、体内に進入してきたのだ。
「んぐぅッ……!?」
明らかに何か異物が体内に入って来た感触に、エスラは喉から鈍い声を発する。
──今のは一体……ッ!? 私に何をするつもりなのッ!?
──いや、とにかく今はアイルを離して──
──ぐちゅっ──
──……あぇっ……?
焦燥感に駆られたエスラの思考は、脳内で鈍い水音が響いた瞬間に遮られる。
刹那、彼女の瞳はグリンと上を向き、抵抗の意思は完全に消える。
ぐちゅッ。ぐちゅりっ、ぐちゅぐちゅッ。ぐぢゅッ! ぐちゅッ、ぐぢゅっ、ぐちゅぐちゅッ、ぐぢゅっ。
頭の中で水音が響く度に、抵抗しようとしていたエスラの腕からは力が抜け、アイルの体をなぞるようにしてダランと垂れ下がる。
脱力した体は、たまに脳内に響く水音に呼応するかのようにビクビクと微かに痙攣し、脳内を蠢く“異物”の存在を受け入れた。
──……そろそろ良いかな……?
その様子を見たアイルは心の中でそう呟くと、エスラの頭を支えてゆっくりと唇を離す。
すると、そこでは眼球を上にひん剥かせたまま、半開きになった口から涎を垂らして脳の改竄を受け入れるエスラの姿があった。
「あッ……あッ、あッ、やめッ、あッ……あッ、あッ、あッ……」
すでに大分侵蝕は進んでいるようで、エスラは口から無機質な声を小刻みに発しながら、まるで電気でも流されているかのようにその体をピクピクと痙攣させる。
アイルはそんなエスラの頭を撫でて慈しむような笑みを浮かべると、彼女の体を優しく抱き締めてその場に座り込む。
自身の体を抱き締めているアイルに身体を預ける形になるが、今のエスラにそんなことを気にする余裕などある筈も無く、白目を剥きそうになりながらその肉体をビクビクと痙攣させていた。
「あッ、あッ、あッ……あ、ぇ……?」
「あっ、終わったかな?」
どれだけの時間が経った頃だろうか。
断続的に発せられていたエスラの声が止み、アイルは不意にそう聞き返す。
すると、エスラはゆっくりと体を起こしてアイルから離れると、「んっ……ん~……ッ!」と唸るような声を発しながら大きく伸びをした。
「おはよ、エスラ。……調子はどう?」
小さく笑みを浮かべながら尋ねるアイルの言葉に、エスラはピクッと動きを止め、呆けるような表情で見つめ返す。
数瞬ほどの間を置いた後、彼女はニッと笑みを浮かべて「バッチリ!」と答えた。
「今の所は痛みも無いし、体も特に気になる所は無いかな。絶好調!」
「そう? 良かった。じゃあ、これから何をするべきか……分かってるよね?」
「うん。もちろんだよ……♡」
アイルの問いに、エスラはどこか妖艶さのある笑みを浮かべて答える。
彼女はアイルの手に自身の手を重ね、続けた。
「ご主人様の為に……他の二人にも、ご主人様の素晴らしさを知って貰うんだよね?♡」
「正解。流石エスラ♡」
アイルは笑顔でそう答えると、空いている方の手をエスラの頬に添えて、そのまま唇を奪った。
啄むように唇を重ねていると、エスラは空いている方の手をアイルの頭に添えながら口を開く。
「ありがと、アイル♡ んッ♡ ご主人様の素晴らしさを、一番に教えてくれて……♡」
「当たり前じゃん……♡ んッ♡ だって、エスラは私の憧れなんだからさ……♡ んッ♡」
「ほんと?♡ 嬉しい……♡ んッ……♡ ちゅッ……♡」
キスの合間に話しつつ、エスラはアイルの唇の隙間を縫うようにして舌を挿入して絡め合う。
アイルはそれに一瞬ピクリと肩を震わせたが、すぐにその目を柔らかく細めると、エスラの舌に自身の舌を絡ませた。
それから二人は時間も忘れ、日が昇るまで濃厚な接吻に投じるのであった。
---
<ユイ視点>
私は、生まれてきてはいけない子だった。
魔族の父と人間の母の間に生まれた私は、魔族からは穢れた血だと蔑まれ、父は私と母を庇って目の前で惨殺された。
かつて母が暮らしていたという小村に命辛々辿り着いた時には、村の人達は魔族の血を継ぐ私の瞳を見て、口にはしないもののどこか腫れ物でも扱うかのような態度で接してきた。
母は気にしなくて良いと笑ったが、私がいなければ両親が苦しい思いをしなくても済んだのだと思うと、罪悪感で胸が張り裂けそうだった。
そんな私を救ってくれたのが、エスラ達だった。
村に引っ越してきたばかりの、まともに口も利けない私の手を引いてくれたエスラ。
優しく温かな心で、分け隔てなく私を迎え入れてくれたルシェ。
そして……──。
「……で、この子がアイル。よく私と剣の稽古を受けてるんだ」
「よろしく。えっと……この辺りにいるのかな?」
エスラに紹介された銀髪の少女は、そんな風に尋ねながら前方に手を伸ばす。
それに、エスラが虚空に伸ばされた手を掴んで私の肩に触れさせると、アイルは軽く私の肩を撫でて「あぁ」と声を洩らした。
「ごめんね、目が見えなくて……もう慣れたから、そんなに気を遣ったりはしなくても良いよ」
そう言って微笑む彼女の瞳は、言われてみれば確かに、焦点が合っていなかった。
こうして向かい合って対面していても、彼女は村の人達みたいに、私の瞳に奇異の目を向けてきたりはしなかった。
勿論、エスラもルシェも私の目のことについては特に触れず、分け隔てない態度で接してくれた。
だけど、本当は村の人達みたいに、心の中では気味悪く思っているんじゃないかと思うと怖くて……一緒にいても、心がざわついて落ち着かなかった。
だけど、アイルは……彼女には、私の目が見えないから。
私のことを変に思ったりしてないんだろうなという安心感があって、一緒にいると気持ちが落ち着いた。
しかし、そんな理由で傍にいるのは彼女に失礼なのではないかという罪悪感があって、ある時私の気持ちを全て伝えたことがあった。
すると彼女は、申し訳なく思う必要は無い、傍にいたければ好きにすれば良いと言ってくれた。
そんな彼女の優しさに、私の心は救われて……いつしか、私は彼女のことを──。
~~~~~
「んっ……ぅ……」
闇に沈んでいた意識がゆっくりと浮上するような感覚と共に、私は重たい瞼を開いた。
全身を包むフカフカとした柔らかな感触に、昼前に小さな町に辿り着いて、チェックインした宿屋のベッドに倒れ込んでそのまま気絶するように眠ってしまったことを思い出す。
野宿で眠れなかった訳ではないが、元々あまり体力には自信がない中で、連日の長距離移動は流石に堪えたみたいだ。
しかし、私と同じ魔法職で何なら私よりも体力は無い方であるヒーラーのルシェは、町に着いてすぐに買い物に行った。
曰く、魔族領に着くまでの旅路の中でそれなりの規模がある町はここが最後だから、治癒のポーションや回復薬の材料を買い溜めしておくのだとか。
真面目な彼女らしいというか、何というか……準備をしておくのは大切だけど、彼女は無理し過ぎていつか体を壊してしまうんじゃないかと心配になってしまう。
とは言え、彼女の言うことは尤もだし、私も何か薬の材料や魔導書などを買い足しに行った方が良いのだろうか。
だけど、長旅の後だしもう少しくらいゆっくりしても……──なんて考えつつ、寝返りを打った時だった。
「あっ、ユイ。起きた?」
「ぴゃッ!?」
ベッド脇に置かれた椅子に腰かけ、頬杖をついて私の顔を覗き込むように佇んでいたアイルが、柔らかな微笑を浮かべながらそんなことを聞いてきた。
思わぬ出来事に私は小さく悲鳴を上げ、咄嗟にその場で飛び起きる。
な、なななんでアイルがここに!?
や、確かにここは四人部屋だから、彼女が同じ部屋にいても何らおかしなことは無いんだけど……いやでも、何で私の近くに!?
っていうか、涎垂れたり寝癖ついてたりしないよね!? いやアイルは見えないから関係なくて……でもだからって身だしなみに気を遣わないのは違うというか……。
気が動転して目まぐるしく思考が回転する中、必死に身だしなみを取り繕おうとしていると、彼女がクスクスと楽しそうに笑った。
「ぴゃって……あははっ、可愛い声っ」
「っ」
ケラケラと笑うアイルの言葉に、私は思わず息を詰まらせる。
……どうせ見えないんだし、可愛いって思ってくれたなら、まぁ……良いか。
彼女の笑顔を見ていると気が抜けてしまい、半ば投げやりにそんなことを考える。
「……それより、アイルは、ここで何してるの?」
小さく息をつきつつ、話題を変えるようにそんなことを聞いてみる。
すると彼女はキョトンとした顔で「何って?」と聞き返してくるので、私は自分の髪について寝癖を撫でつけながら続けるように口を開いた。
「や……部屋、広いし……なんで、わざわざ、私の近くで……?」
もしかしたら、何か特別な理由があったんじゃないか……なんて期待も込めつつ、そんな問いを投げ掛けてみる。
……まぁ、彼女に限ってそんなことは無いだろうけど。
私の気持ちどころか、エスラやルシェから向けられた気持ちに今の今まで気付いてない彼女のことだし、別に深い意味なんて無くてなんとなく椅子に座っていたとかそういう──
「あぁ、そうそう。ユイ、私とキスしようよ」
「──……へっ?」
予想だにしなかったまさかの返答に、私は思わず間の抜けた声で聞き返す。
えっ……はっ? き、キス? 急に、何を言って……?
「あ、アイル……? 急に何を……」
「私……ずっとユイのことが好きだったんだ。もうすぐ魔族領に着いて、危険な旅になるから……今の内に、伝えておきたくてさ」
アイルはそんな風に語り掛けながら私の座っているベッドに乗り上げ、へたり込む私の手を取って指を絡めてくる。
突然の接近に緊張して咄嗟に顔を背けると、彼女は私の頬に手を添えて目を合わさせた。
「ね、ユイ。嫌だったら拒絶して? でも、ユイも同じ気持ちなら……私と、キスして欲しいな」
「なッ、そんなッ……わ、私だってッ……」
優しい口調で語り掛けるアイルの言葉に、私は息が詰まりそうになるのを何度も堪えながらも、必死に言葉を紡ぐ。
……い、良いの、かな……? 応えても……?
だって、ずっと一方的な片想いだと思ってて……アイルと小さい頃から一緒だった、エスラやルシェを差し置いて、私なんかが……?
「私ッ、だってッ……アイルの、ことッ……」
喉がキュッと締め付けられるような息苦しさの中、段々と声が出せなくなっていくような感覚がする。
ダメ、ちゃんと答えなくちゃ。
あの日から、ずっと、ずっと好きだったんだから。
中々伝わらなくて、何度も諦めようとしても諦められなくて、心の奥底で燻り続けた初恋。
それがようやく叶うかもしれないのだ。こんな所で、躓く訳にはいかない。
「私もッ、アイルのことが好──」
アイルのことが好き。
正にそう伝えようとしたその瞬間、私は一つの違和感に気付いた。
──どうして、アイルは……私が顔を逸らしたことに気付けたの?
さっき、突然の接近に緊張して思わず顔を背けてしまった時、アイルはすぐに私の頬に手を当てて目を合わせた。
どうしてあの時、私が顔を背けたことに気が付いて、その上迷わず私の顔に触れることが出来たの?
目が見えない生活が長いからと言って、ここまで正確に触れられるハズが無いのに。
「……ユイ?」
言葉に詰まる私の様子に、アイルは私の目を見つめたまま、優しい声で名前を呼びかけてくれる。
……待って? 私の目を見つめる?
どうしてアイルが私の目を見つめているの? どうして彼女の目は焦点が合っているの?
私が彼女に惹かれたきっかけは、彼女の目が見えなかったから。
多くの人に嫌悪されてきた私の瞳を見ることが出来ない彼女だから、安心して傍にいることが出来た。
そして、そんな彼女の弱みに付け込むような私の行為を受け入れてくれた、優しい心に恋をした。
なのにどうして、彼女は私の目を見つめているの?
何より、どうして彼女は……私の目を見ることが出来ることを、誰にも言ってないの!?
エスラは、自分のせいでアイルが視力を失ったことを負い目に感じ、一生を懸けてでも彼女を守り抜く決意を固めている。
ルシェは、必ずや自分がアイルの目を治すのだと人生を捧げる覚悟で魔法の勉強をしている。
今、彼女の目が見えているとして……そんなにも大切に思ってくれる人達に、アイルが伝えない筈が無い。
私は、幼少の頃からずっと傍に居た友達に、そんな大切なことを伝えないほど薄情な人間を好きになった覚えは無い。
でも、だとしたら……今、目の前にいるのは……──
「──……誰……なの……?」
不意に喉を通って発せられたその声は、今にも掻き消えそうな弱々しいものだった。
そんな私の言葉に、“アイル”はキョトンとしたような不思議そうな表情を浮かべた後、すぐに「……えっ?」と困ったような笑みで聞き返した。
「誰……って、急にどうしたの?」
「わ、たしは……貴方みたいな人、知らない……ねぇ、貴方は、誰なの……?」
「なっ……心外だなぁ。ずっと仲良くしてたじゃない」
彼女は優しい笑みでそう語り掛けながら、私の頭を優しく撫でつける。
……違う。違う、違う。こんなの、アイルじゃない。
アイルはこんな嘘くさい笑顔浮かべたりしない。こんな器用に優しくなんて出来ない。
感情はあまり顔には出ないくせに態度には出て、幼馴染の誰かが困ってると人一倍慌てて空回りして、だけどいざと言う時はカッコよくて頼りになる。
落ち込んでたり不安なことがあったりすると、自分のことのように一緒に悩んで寄り添ってくれて、嬉しいことがあると自分のことのように喜んで無邪気に笑ってくれる人。
それが、私が──私達が好きになった、アイルって人なんだ。
「小さい頃から同じ村で育ってきて、これから魔王を倒す為に一緒に戦う仲間の、アイルだよ?」
こんな、冷たい笑みを浮かべる人なんかじゃないッ!
「ッ……! 違うッ!」
私は目の前にいる彼女を突き飛ばし、転がり落ちるようにベッドから下りた。
体を打った。そんなこと関係無い。
私はすぐに起き上がり、床を蹴って部屋の扉に向かって走り出す。
アレは誰? 姿はアイルそのものだった。いつから偽物だったの? 本物のアイルはどこ? 他の二人は気付いてる? 気付いてないなら早く伝えなくちゃ。アイルの方が足が速い。急がないと追いつかれる。追いつかれたらどうなる? 捕まったら何をされる? もしキスしてたらどうなってた? 分からない。分からないから怖い。怖くて怖くて仕方がない。とにかく逃げなくちゃ。逃げて逃げて逃げて逃げて。そうだ、二人はどこにいる? せめて誰かに伝えなくちゃ。そうしないと二人も巻き添えになってしまう。だからとにかく逃げてエスラとルシェのどちらかと──。
「わっ、ユイ?」
「エスラッ!」
勢いよく部屋の扉を開けると、その先にはエスラがいた。
丁度部屋に入ってくる所だったらしく、驚いた様子で立ち尽くす彼女に縋りつくように抱き着いた。
「ユイッ? 急に何を……」
「エスラッ! 早く逃げないとッ、アイツ……あれ、アイルじゃないッ! アイルじゃないのッ!」
目を丸くして驚いた様子のエスラに、私は思いつくままに必死に言葉を紡ぐ。
彼女の服を強く握り締めながら、私は続けた。
「み、見た目はアイルだけど、アイルじゃないのッ! 何言ってるか分かんないと思うけど、今は私を信じ」
「あ~あ、バレちゃったんだ?」
エスラは、冷ややかな笑みを浮かべて、そう言った。
彼女の言葉を聞いた瞬間、サァッ……と血の気が引くような感覚がした。
そんな、もしかして、まさか……エスラもアイルの──。
「ひッ……!?」
私は咄嗟にエスラの体を離し、部屋の外へと逃げ出そうとした。
しかし、それより先に彼女は私の体をひょいっと軽く抱き上げ、肩に担ぐようにして拘束した。
「アイル~! ユイ捕まえたよ~」
「ありがとう、エスラ。助かったよ」
エスラの言葉に、“アイル”は仄暗い笑みを浮かべながらそう答える。
違う、違う。コイツはアイルじゃないッ! こんなのアイルじゃないッ!
でもそうか。そりゃそうだよね。私が気付くような違和感に、生まれてからずっと一緒だったと言うエスラが気付かない訳が無いか。
私より先に……──恐らく、アイルが偽物とすり替わってからすぐに──……エスラも、何かしらの手段で丸め込まれていたんだ。
「い、嫌ッ! やだッ! 離してエスラッ! 離してッ!」
「も~。だから気付かれちゃダメってあれだけ言ったのに……アイルは昔から嘘が下手だからなぁ……」
「ごめんごめん。でも、エスラのおかげで助かったよ。これでユイにも、ご主人様の素晴らしさを知って貰えるからさっ!」
「ご主人様……? 何の話を……ひゃっ!?」
思わず聞き返そうとしたのも束の間。
エスラの手によってベッドに下ろされた私は、そのまま彼女の手で拘束される。
身体能力が優れている魔族の血を半分受け継いでいるとは言え、幼少の頃から魔法の勉強ばかりしてきた私と、ずっと鍛えてきた彼女の力の差は歴然。
どれだけ抵抗しようとしてもびくともせず、拘束から抜け出すことはほぼ不可能だった。
「や、やだ……ッ! 離してエスラッ! ご主人様って何の話ッ!? アイルッ! エスラに何をしたのッ!?」
「ユイってば、そんなに怖がらなくても大丈夫! すぐに頭の中ぐちゃぐちゃになって、気持ち良くなって、難しいこととかなぁんにも分からなくなるからさ」
「はぐらかさないでッ! 一体何を──ッ!?」
声を荒げて問い詰めようとしたのも束の間。
アイルは両手で私の肩を強く掴むと、グイッと強引に引き寄せてきた。
乱暴な手つきと強い力で掴まれた肩には痛みが走り、私は思わず声を詰まらせる。
そのまま顔を上げると、そこでは冷たい眼差しで真っ直ぐに私の目を見つめる“アイル”の姿があって……──。
「大丈夫。すぐにユイも、私達の“仲間”にしてあげるからね」
「ひッ……!? や、やだッ! おねがッ、やめてッ! たッ、助けてルシェ──んむぅッ!?」
必死に懇願を紡いだ私の唇は、ずっと恋焦がれてきた人の姿を模した何者かの唇によって塞がれた。
咄嗟に口から溢れた悲鳴は繋がった唇の中でこもり、その声を押し返すように艶めかしく蠢く肉塊が口内に侵入してきた。
嫌ッ! 来ないでッ! 私の中に入って来ないでッ!
私の初めてを──初めての恋を、何も知らない貴方なんかが踏みにじらないでッ!
しかし、彼女を拒絶しようと両手に力を込めても私の腕力では突き離すことは出来ず、口の中に潜り込んでくる“何か”を受け入れることしか出来なかった。
舌を絡め取り、奥へ奥へと進むソレの異物感に思わず目を見開くと、真っ直ぐに私の目を見つめる銀色の瞳が視界一杯に広がった。
……見るな。
その目で、その姿で、私の目を見るな。
これ以上、その人を──私の大切な人を、お前なんかが汚すなッ!
「んッ……ん゛ッ!? んぶぅ゛ぅ゛ッ!?」
胸の奥底で憎悪の炎を燃え上がらせたのも束の間。
口内を這いずり回っていた肉塊が、喉を通って体内に進入してきたのだ。
突然のことに思わず鈍い声を洩らすが、それよりも私の体を抱く力が緩んだのが分かり、私は“奴”の体を突き飛ばすように離れた。
「おわッ!? ちょっと、ユイ何するのさ?」
「ふざけないでッ! アイルの姿でッ……私に何をしたのかは分からないけどッ、アンタは私の手で殺し──」
殺してやる。
そう宣言し、片手に魔力を込めて魔法を放つ準備をしていたその瞬間。
──ぐちゅりっ──と。
頭の中で、鈍い水音が響いた。
「ひぎッ……!?」
その瞬間、まるで首を絞められた野鳥のような声が鼓膜を震わすと共に視界が横転し、私はベッドから転げ落ちて床に体を打つ。
先程の声が自分が発した声なのだと自覚する頃には、私の体は持ち主の意思を離れたかのようにビクともせず、水から引き揚げられた魚のように床の上に横たわっていた。
今のは、一体……? 私に、何が起こって……?
ぐちゅッ、ぐちゅりっ。ぐぢゅッ、ぐちゅぐちゅッ、ぐぢゅッ! ぐちゅッ! ぐちゅぐぢゅッ、ぐちゅッ! ぐぢゅんッ!
「ひッ……!? やッ、はぁッ……!?」
沸々と湧き上がった私の疑問を遮るように──否、微かな疑問や疑念も何もかもを巻き込んで掻き混ぜるように、頭の中で断続的な水音が響き渡る。
な、何かが頭の中にいるッ! 頭の中で這いずり回ってるッ! 掻き混ぜられるッ! 作り替えられるッ! 私が私じゃなくなっちゃうッ! 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ怖い怖い怖い怖い何これな何これ嫌だ怖い誰か助けてエスラ助けてアイルルシェどこに行ったのお願い誰か助けてこのままじゃ私が消えて無くなっちゃ──
──ぐぢゅぐぢゅッ! ぐちゅッ! ぐちゅりッ! ぐぢゅッ! ぐちゅッ、ぐちゅぐぢゅッ! ぐぢゅりッ! ぐちゅぐちゅッ! ぐぢゅりッぐちゅッ!
「あッ……!? やッ……あッ、あッ、やだッ……あッ、あッ、あッ……」
あれ……? 一体何を嫌がっていたんだっけ……? よく分からない。
あッ、またッ、頭の中ッ、ぐちゅって……♡
あはッ♡ 気持ちいいッ♡ よく分からないけど、頭の中ぐちゃぐちゃにされるの、気持ちいいッ♡
壊されちゃう♡ 消されちゃう♡ 私が私じゃなくなっちゃう♡
良いの♡ その分気持ちよくして貰えるから♡ それに頭の中作り替えられて“ご主人様”の苗床にして貰えるんだもの♡ これからはご主人様の入れ物として、ご主人様の所有物として全てを捧げる人生を送るの♡ その為に頭の中ぐちゃぐちゃにして相応しく作り替えて貰うの♡ だからどうでもいい♡ 気持ち良くて幸せだから♡ あとは何もかもがどうでもいいの♡
「あッ、あッ、あッ、あッ、あッ……あっ……はぁ……♡」
どれくらいの時間が経っただろうか。
永遠に続くかと思われた水音が突如として止み、私はぐったりと脱力しながら恍惚の余韻に浸る。
もう終わってしまったのかという名残惜しさと、ご主人様の所有物として生まれ変わることが出来た幸福感が胸を満たす中、私はグッタリとした倦怠感に包まれる体を起こしてグッ……と伸びをした。
「んっ、ん~っ♡ わ、何だか生まれ変わった気分……♡」
「ふふっ、終わったみたいだね。ユイ」
声を掛けられて振り返ると、そこには穏やかな笑みを浮かべてこちらを見つめているアイルがいた。
彼女の言葉に私は「うんっ」と頷き、すぐさま彼女の体に抱き着いた。
「ありがと、アイル♡ 何も知らなかった馬鹿な私に、ご主人様の素晴らしさを教えてくれて♡ 大好きっ♡」
「良いんだよ。ユイも私達と同じになってくれて嬉し──んッ」
私は柔和な笑みを浮かべて話すアイルの首筋に両手を絡め、そのまま唇を奪った。
唇が触れ合う程度の啄むような口付けを何度か繰り返した後、私は緩んだ唇の隙間から舌を挿入し──ガタッ──。
「ん……?」
「今の音は……」
どこからか聴こえた物音に、私はアイルの唇から自身の唇を離して音がした方へと視線を向けた。
そこでは、半開きになった木製の扉が、キィ……と軋むような音を立てて微かに開いているのみだった。
「さっき……エスラ、扉閉めたよね?」
「うん。多分……見られたみたいだね」
アイルの問いに、エスラは扉の方を見つめたまま、呟くようにそう答えた。