【先行公開】叛逆の刃が折れる時 4人目【前編】
🕑 Added 2022-01-09 15:02:51 +0000 UTC
昨日、ついに革命軍の副リーダーであるアインを帝国の奴隷として堕とすことに成功した。
ここまで来れば、多少派手に動いてリーダーのイエラに怪しまれたとしても、他の主力三人を使ってはぐらかすことが出来る。
もう、私が怪しまれる可能性はほとんど無くなったと言っても過言では無い。
しかし、だからと言って、油断出来る状況でも無い。
私が怪しまれる可能性が限りなく低くなったからと言って、こちらの作戦に気付かれる確率も共に下がったと言う訳では無い。
昨日堕としたアインは、革命軍の副リーダーであり、リーダーであるイエラの親友且つ幼馴染。
イエラに最も深く信頼されている人間であり、彼女と最も近い距離にいる人間でもある。
革命軍のリーダーである彼女の洞察力をもってすれば、数日もあればアインの異変に気付き、そこからこちらの作戦に勘付くことなど容易だろう。
そこで私がすぐさま犯人として特定される確率は低いが……イエラを攻略出来る唯一の存在と言っても過言では無いアインが警戒されれば、私の作戦は失敗したのと同義だ。
焦りは禁物だが……出来るだけ早い内に、イエラも堕としてしまいたいところだ。
「そういうことであれば、是非、この私めにお任せ下さい。必ずやイエラに帝国の民として相応しい姿を“教育”し、ご主人様の作戦を完遂させてみせます」
昼過ぎ頃。物資のことで相談があるという建前でアインを救護室に呼び出し、私の目論見について話してみると、彼女は跪いたままそう答えた。
彼女はレイムやクラン以上に精神力が強く、生半可な洗脳ではすぐに自我を取り戻す可能性があることから、今までよりも深い暗示を刷り込んだ。
今の彼女は、帝国が至高の存在であると信じて疑わない。
帝国の民にとって、帝国の奴隷になることが生きがいであり、何物にも代えがたい使命なのだと信じ切っている。
おかげで、こうしてイエラを堕とすことになっても抵抗感を示すこと無く、従順な態度を続けている。
ひとまず、暗示の定着は特に問題は無さそうだ。
私は心の中でそう呟きほくそ笑みつつ、跪く彼女の頭頂部を見下ろしながら続けた。
「完遂させてみせる、と言っても……何か作戦でもあるの? 幼馴染の貴方からどう見えてるかは知らないけど、正直、彼女は一筋縄ではいかない相手だと思うのだけれど……」
「ご心配なく。実は、イエラには私にだけ隙を見せる瞬間があるのです」
「……へぇ……? 詳しく聞かせて?」
微笑を浮かべながら言うアインの言葉に、私はそう聞き返しながら身を乗り出し、次の言葉を待った。
すると、彼女は私の耳元に口を近付け、イエラが彼女にしか見せない“隙”とやらを教えてくれる。
その話を聞いた私は、すぐに「へぇ……」と小さく呟いた。
「なるほど。彼女にそんな一面が……」
「えぇ。この瞬間を狙えば、きっと上手くいくことでしょう」
迷いの無い、圧倒的な自信に満ちた声色で言うアインの言葉に、私は顎に手を当てて一考する。
確かに、彼女の言ったことが本当だとすれば、イエラを“教育”し直すことは可能だろう。
元々イエラの洗脳は彼女に任せるつもりではあったが、まさか自分から提案してくれるとは……──。
昨日、彼女の思考を帝国至上主義に作り替えた時、実はそれ以外の部分はあまり変えてない。
と言うのも、元々彼女が革命軍に入った理由はイエラの為であり、彼女自身の帝国への憎しみは大して強くはなかった。
そこに帝国至上主義の価値観を植え付けることで、彼女は帝国の奴隷になることが至上の幸福であると考えるようになっただけのこと。
つまり、イエラを帝国の奴隷に堕とすということは、彼女を至上の“幸福”へと導くことに等しい。
自らイエラの“教育”を志願したのは少し予想外だったが、考えても見れば、何もおかしいことは無いのか。
納得するのと同時に、一縷の不安があった。
二人の信頼関係を考えれば、イエラの“教育”はアインに任せるのが妥当ではあるのだが……イエラの精神力と、彼女に向けるアインの感情を考えると、完全に一任するには少し物足りなさもある。
両親の死を背負って革命軍を立ち上げ、今まで率いてきたイエラの精神力は相当なもので、一番近しいアインを以てしても完全に洗脳できるかはかなり怪しい部分がある。
それに……アインがイエラに抱く特別な感情が、どう働くかも分からない。
彼女はこの感情から、イエラのことは他の誰よりも大切にし、尊重してきた。
これは革命軍に潜入して情報収集をしていた頃から気付いていたことなのだが……今までは、その感情の有無が私の計画を左右することは無いと思い、洗脳の際にも特に変えることなくそのままにしておいた。
しかしイエラの洗脳においては、彼女を慈しむアインの感情が障害となる可能性がある。
イエラを帝国の奴隷として洗脳する為には、アインには彼女に対する一切の優しさや慈しむを捨て、手段を選ばず徹底的にやってもらわなければ。
その為には……──
「ねぇ、アイン? 私の目を見て?」
「は、はい……? ご主人様の……──ぉッ……?」
不思議そうに聞き返しながら顔を上げたアインだったが、催眠魔法を放つ私の瞳を見た瞬間その顔から一切の感情が消え失せ、即座に深い催眠状態へと堕ちていく。
さて、と……。
アインの話を聞いて、私の中ではすでに、イエラを帝国の奴隷として手中に収める算段はついている。
この方法を実行してもらう為にも……──まずはここで、彼女を再度、“教育”し直しておこうか。
---
<イエラ視点>
夢を見た。
ずっと昔……幼い頃の夢。
革命軍を設立するよりも、アインの家に預けられるよりも前のこと。
昔、家族三人で暮らしていた家の一室の奥にあるベッドにて……一人の女性が横たわり、動かなくなっていた。
その女性に縋りつくようにして父さんはベッドに突っ伏し、肩を震わせ嗚咽を漏らしている。
僕は目の前の状況が信じられず、覚束ない足取りで、フラフラと二人の元に歩み寄った。
「……かぁ……さん……?」
僕の問い掛けに、ベッドに横たわる女性……母さんは答えない。
瞼を固く閉ざし、体をピクリとも動かさずベッドに横たわるその姿に、胸の奥からジワジワと何かが込み上げてきた。
喉の奥が痛くなって、目の奥が熱くなって、込み上げてきたものを吐き出すように口を開いた──ところで、場面が変わる。
気付いたら僕は……王都の中心にある、広場に立っていた。
広場には王都に住む人々が集まっており、彼等は全員、広場の中心辺りを注視していた。
釣られるようにして同じ方向に視線を向けてみれば、そこには木で出来た処刑台があり、その上で……両手足を縛られた状態で正座させられた父の姿があった。
「ッ……! 父さんッ!」
僕は咄嗟にそう声を上げながら、処刑を止めさせるべく、人ごみを掻き分けて処刑台の方へと駆け寄った。
しかし、広場に集まった人間があまりにも多く、中々処刑台の元に辿り着くことが出来ない。
嫌だ……! 母さんだけじゃなく、父さんまで失うなんて……嫌だ……!
僕は滅茶苦茶に声を張り上げながら、必死に処刑台との距離を近付けていく。
しかし、そんな僕の抵抗を嘲笑うかのように処刑人はゆっくりと剣を振り上げ、父さんの首に向かって振り下ろ──
「ッ……!?」
──したところで、僕はハッと目を見開いた。
気が付くとそこは、暗闇に包まれた部屋の中で……僕はベッドに仰向けになった状態で、過呼吸のような荒い呼吸を繰り返していた。
ゆっくりと体を起こしてみると、湿った衣服が皮膚の上で擦れる感触で、自分の体が汗でびっしょりと濡れていることを自覚する。
鼓動が早くなっている。バクバクと太鼓を打ち鳴らすかのような爆音が、頭に直接響いてくる。
僕は汗で湿った前髪を掻き分け、ぐしゃりと握り締めながらゆっくりと口を開いた。
「……また……この夢か……」
掠れた声で呟きながら、僕はベッドの上で膝を抱えた。
父さんが死んだ日……帝国に殺された日から、毎日のようにあの時の光景を夢に見る。
そして……母さんが死んだ日のことも。
母さんを失った悲しみは、アインと出会うことで乗り越えた筈なのに……父さんを失ったことで当時の気持ちがぶり返したのか、まるで麻縄で心臓を締め付けられているかのような痛みが胸中を占める。
「……ハァッ……ハァッ……」
過呼吸のような荒い呼吸になりながら、僕は自分の胸を押さえて蹲る。
……息が……苦しい……。
何とか呼吸を整えようと深呼吸を試みるが、まるで心臓と一緒に喉まで締め付けられているかのような感覚があり、酸素を肺に上手く取り込むことが出来ない。
ヤバい……酸素が、足りな、くて……頭が……回ら、な……。
「イエラッ!」
意識が遠のきそうな感覚がした時、どこからか僕の名前を呼ぶ声がした。
その声に顔を上げた直後、僕の名前を呼んだ“誰か”に抱きしめられた。
強く……けど、優しく、温かく……まるで、僕の体を、包み込むように……。
「ぁ……ぃん……?」
「大丈夫よ、イエラ。私がいるから……」
同じ部屋で寝ていたはずのアインはそう語り掛けながら、僕の背中を優しく擦ってくれる。
その言葉に、僕は過呼吸になりながらも彼女の体を抱き締め返し、コクコクと小さく何度か頷く。
すると、彼女は僕の後頭部の辺りを優しく撫でながら続けた。
「大丈夫。焦らないで……ホラ、ゆっくりと深呼吸しようか。はい、吸って……?」
「ッ……すッ……ッ……ふッ……ッ……」
「吐いて……」
「ふぅッ……ぅッ……ッ……」
「吸って……」
「すッ……ッ……」
「吐いて……」
「はぁッ……ふッ……ッ……」
アインに言われるがままに、僕は深呼吸を繰り返す。
最初はぎこちなかったが、彼女の合図に合わせて深く呼吸を繰り返す内に少しずつ落ち着き、段々と息が整っていくのを感じる。
呼吸が落ち着いてくると同時に、僕の胸を締め付けるかのような痛みも治まっていくのを感じる。
僕の心臓や肺を締め付けていた麻縄は緩み、痛みが引いていくのと同時に、胸が熱くなって……気付けば、僕は両目から涙を流していた。
視界が霞む中、大粒の涙が頬を濡らす中、僕はアインの体を強く抱き締めながら彼女の首筋に顔を埋めた。
「アイン、ごめッ……グスッ……僕ッ……こんなッ……」
「大丈夫。私はずっと、イエラの味方よ。だから遠慮しないで……泣きたいなら、思う存分泣いて良いわ」
「うぐッ……ご、ごめッ……ぅッ……ぅぁぁぁぁぁぁぁあああああんッ……!」
アインの優しい言葉に、僕はとても申し訳ない気持ちになって……──でも、それと同時に、凄く嬉しいとも思ってしまって──……気付けば僕は、彼女の腕の中で子供のように大声を上げて泣きじゃくった。
まるで……母親に甘え、縋りつく子供のように。
……アインは、僕の母さんに似ている。
顔つき等の見た目は勿論のこと。静かで落ち着く声色も、穏やかで優しい性格も……彼女という人間の何もかもが、僕が幼い頃に死んだ母さんにソックリだ。
このことは、幼少期に初めて出会った頃からずっと、僕の胸の中にしまっている。
彼女は僕の母さんに会ったことが無いのだし、こんなことを言っても彼女が困るだけだと分かっているから。
それに、出会った当初は彼女に母の面影を重ねていたが……僕自身、今は彼女を母に重ねるのではなく、アイン・ヴェーチェルという一人の人間を見るようになったから。
いつも僕の傍に寄り添い、支えてくれる彼女の存在に助けられてきて、アインという一人の少女を愛しているから。
しかし、それでもこうして精神が不安定になった時に優しくされると、どうしても母さんに重ねて甘えてしまう。
優しくされて嬉しいという気持ちと、まるで死んだ母さんの代わりにするかのような態度を取ってしまって申し訳ないという気持ちが絡み合い、僕の感情をグチャグチャに掻き混ぜる。
でも、今の僕にはそのことを気にする余裕も無い。
この悲しみを乗り越えて、心に余裕が出来た暁には、僕の胸の内を打ち明けよう。
毎晩のように立てている誓いを改めて心に刻みながら、僕はアインに縋りつき、胸に溜まった混沌とした感情を吐き出すように泣きじゃくった。
「……フフッ。落ち着いた? イエラ」
どれくらい時間が経った頃だろう。
散々大声を上げて泣きじゃくり、何とか気持ちも落ち着いて普通に呼吸も出来るようになってきた頃になって、アインがそう声を掛けてくる。
彼女の言葉に、僕は頬を濡らす涙を拭いつつ、コクッと一度小さく頷いて見せた。
「うん……ホント、ごめん……毎晩、こんなこと……」
「そんな、気にしなくて良いのよ。私が好きでやってることなんだから」
謝る僕に対し、彼女はいつものように優しい微笑を浮かべながらそう言い、僕の頭に手を置いて優しく撫でる。
母さんに似ているアインに撫でられると、恥ずかしいとか子供っぽいとか思うより前にどうしようも無く安心してしまい、その手を振り払うことが出来なくなってしまう。
僕は革命軍のリーダーとして、メンバーには自分の不安の感情は一切見せず、常に自軍の勝利のみを見据えた堂々とした態度をとるよう心掛けている。
帝国軍という強大な敵に立ち向かう為には、リーダーである僕がブレる訳にはいかない。
父の守りたかった平和な帝国を取り戻す為に、皆が幸福になれる未来を守る為に……僕は、革命軍のリーダーとして相応しい姿を崩す訳にはいかない。
本当は、父の処刑から二年経った今でもその事実を受け入れられず……それどころか乗り越えた筈の母の死の悲しみすらぶり返し、毎晩トラウマに苛まれている、なんて……言える訳が無い。
だからこそ、アインが傍にいてくれて良かった。
彼女がいてくれなかったら、僕はきっとこの苦しみを一人で抱え込もうとして、ガタが来て……きっと、正気を保つことすら出来なくなっていたことだろう。
彼女には本当に感謝しているが、しかし……同い年の少女に甘えてしまっている状況は、やはり少し、気恥ずかしさがあるな。
照れ臭いような嬉しいような複雑な感情の中、恐らく何とも言えない曖昧な表情を浮かべているであろう僕を見て、アインはクスリと小さく笑って僕の頭から手を離した。
「……そうだ。最近、丁度レイムから、良いおまじないの方法を教えてもらったのよ」
「……おまじない?」
穏やかな口調で言いながら自身の懐を探るアインの言葉に、僕は涙で少し潤んだ声で聞き返す。
すると、彼女は「えぇ」と頷きながら懐から何かを取り出して僕の目前に持ってくる。
電気も点いていない暗い部屋の中、何とか暗闇に慣れてきた僕の目に入って来たものは……──
「──……指輪……?」
「えぇ。……レイムも、イエラが無理しているんじゃないかって心配していたみたいでね。私に、もしもイエラが辛そうにしていたら、このおまじないを使って欲しいってお願いしてきたのよ」
アインはそう言いながら掌に乗せた指輪をもう片方の手の指で摘まみ、自分の人差し指にゆっくりとはめこんでいく。
すると、丁度窓から差し込んだ月光を指輪の宝石が反射し、緑色の光を淡く放つ。
……?
その光を見た瞬間、僅かに意識が揺れて……一瞬、フワッと頭の中が軽くなったような錯覚がした。
「ホラ、イエラ? ……この指輪を見て?」
突然の浮遊感に困惑していたが、アインがそう言いながら僕の目前まで指輪をはめた手を差し出してくるので、僕は言われた通りに宝石を見つめた。
差し出された指輪の宝石は、緑色の淡い光を放っている。
なるほど……この指輪は魔道具で、魔力を込めているのか……。
そんなことを考えつつ、どうしてアインがこんな物を僕に見せているのかよく理解が出来ず、彼女の顔を見る為に顔を上げようとした。
しかし、顔を動かすどころか、視線を宝石の光から離すことすらできなかった。
「ぇぁ……? ぁ、アイン……? なんか、これ……おかしぃ……」
「ん? イエラったら……余計なこと考えたらダメよ。何も考えないで、この宝石の光を見つめて?」
何とか異変を伝えようとした僕のか細い声は、アインの優しい口調で紡がれたその言葉に遮られる。
彼女の言葉はなぜか頭の中によく響き、言われるがままに、思考が霧散して纏まらなくなっていく。
段々と、頭の中が……空っぽ、に……?
あっ……だめ……ひかり、みなくちゃ……。
あいんに、みろって、いわれたから……ゆびわの、ひかり……みな……く……ちゃ……ぁ……──。