第1章 第六話
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『それでも世界は回っている -OZ-』第1章「目覚めの草原」 第六話
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第六話「君のことは忘れてしまうけど、今はすごく覚えてる」
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その夜、ぼくはトカゲ獣人の青年の家に泊めてもらうことになった。
といっても、“家”というほど立派なものじゃない。
石壁と布の屋根があるだけ。でも、風を防げて、横になれる場所があるだけで、十分だった。
火を焚くと、彼は温かいハーブの葉を入れた飲み物をくれた。
少し酸っぱくて、あったかくて、それがやけに嬉しかった。
「どうして、こんな場所に住んでるの?」
そう尋ねると、彼はちょっと笑ってこう言った。
「ここが、誰にも忘れられた場所だからさ」
「……」
「誰かの記憶に残らないっていうのは、寂しいよ。けどね、時々ふっと現れる“旅人”と話すと、それだけで、自分の中にちょっとだけ色が戻るんだ」
その言葉に、胸がキュッと鳴った気がした。
「じゃあ……ぼくのこと、忘れないでよ」
ぽろっと、そう言っていた。
自分でも、どうしてそんなことを口にしたのかわからなかった。
でも、きっと、ほんの少しだけ甘えたかったんだ。
何もかもがわからないこの世界で、自分の名前を呼んでくれた“この人”に。
「……ごめん、忘れちゃうと思う」
彼は悲しそうに笑った。でも、そのあとこう続けた。
「だから、今のうちに……触れてもいい?」
「……え?」
指先が、そっとぼくの頬に触れた。
トカゲの皮膚は冷たいと思っていたけど、彼の手は、体温があって、ちゃんと温かかった。
「君の毛、ふわふわだね。やわらかい……あったかい……」
ぼくは動けなかった。
いや、たぶん、動きたくなかった。
「……ドロシー」
名前を呼ばれた瞬間、目の奥が熱くなった。
「この名前だけは、明日の朝まで忘れたくないな」
「……ずっと覚えててくれてもいいのに」
「それができたら、きっと……君を、好きになってたと思う」
──そんな言葉で、心の奥がぎゅうっと締めつけられる。
名前も、顔も、全部忘れてしまうこの国の住人。
でも今だけは、たしかにここにいて、ぼくの名前を呼んでくれている。
「じゃあ……せめて今だけ、忘れないでいてよ」
そうつぶやいた声は、小さく震えていた。