異星蹂躙外交姦
🕑 Added 2020-03-08 16:09:12 +0000 UTC
普段は忙しなく人が行き交うスクランブル交差点も、その日ばかりは誰もが足を止めて空を眺めていた。
空から一筋の光が差したと思った直後、雲の隙間から顔を出したのは一人の少女だ。
高層ビルを背景に佇む儚げな姿は実に幻想的で、そこだけ切り取ればまさしく聖書に出てくる天使の降臨のようであっただろう。
だがしかし“それ”は天使と呼ぶにはあまりに禍々しく、奇怪な風貌をしていた。
青く艶めく肌、金色に輝く三つの瞳、絶えず蠢く触手髪。闇を切り取ったかのような漆黒のドレスはいわゆるオープンショルダーで、深いスリットも入っている。稚い身体に反して極めて露出が高い。
唖然とする人々をよそに、少女は重力を感じさせない動きでゆっくりと地面へと降り立つ。
「わぁ……」
群衆の中から感嘆の声が漏れる。
子ども然とした身体つきであるが浮世離れした雰囲気と美貌を併せ持つ少女を前に、人々はただ息を呑むしかなかった。
少女はしばし周囲を観察し、高層ビルの巨大モニターへと視線を移す。そこに自分の姿が映っているとわかった途端口元を緩め、静かに語りだした。
「――聞きなさい、愚かな下等生物たちよ」
静かな、しかしよく通る綺麗なソプラノ。ただし内容はひどく侮蔑的だ。
それでも人々の意識は言葉の真意ではなく彼女の美声に注がれている。
「単刀直入に言うわ。これより、この星は私の支配下に入ります」
あまりにも突拍子のない言葉に人々も首を傾げる中、一人の男が前へと歩み出る。
髪を金色に染めた大学生風の男だ。ニヤニヤ笑いながら、自分と彼女が映るようにスマホを構えている。周囲の反応を見るに有名な動画配信者なのだろう。静寂な場が一転、ざわつきに包まれる。
「ねえねえ、ひょっとしてこれって何かのドッキリ? モニタリング的な? 俺まさかの地上波デビューしちゃいました?」
軽薄そうなノリの男を前に、少女はどこまでも冷淡な態度を取り続けていた。
やはりこの程度か、とでも言わんばかりに目を細める。
そうしている間にも男は少女の眼前にまで迫り、無遠慮な視線を送り続けていた。主に、ほぼ剥き出しの胸に向けて。
「ちょっと、黙ってないで教えてよ。あっ、もしかしてこれって映画の撮影? うわーっ! マジか! 地上波じゃなくて銀幕デビュー!?」
「うるさい」
「へ? 今なんて……」
最後の言葉を言い切るよりも早く、少女の唇が男の唇を覆った。
その目が驚愕に見開かれたかと思うと、徐々に彼の身体に異変が起きていく。
スラッとしていた身体が徐々に丸みを帯びていき、手足もふっくらと膨らんでいく。端正だった顔つきも今や形無しだ。出目金のように目玉が飛び出し、唇も厚ぼったく膨れていく。
ぱたぱたとどこかコミカルに動いていた手足も膨れ切った胴体にすっぽりと埋まってしまい、完全な球体へと成り果てた――数秒後。
――パァンッ!
強烈な炸裂音とともに木っ端微塵に弾け飛んだ。唯一元の形状を保っていたスマホだけが、地面とぶつかって硬質な音を立てる。
それが、目の前にいるのが紛れもない“異形”だと自覚するタイミングだった。
『ひ、ひぃぃぃぇえあああああああああああああああああああッ!』
蜘蛛の子を散らしたように逃げていく人間たちを見て少女はクスクスと喉を鳴らす。
それから地面に落ちていたスマホを手に取る。やはり配信されていたようだ。
「そうそう、自己紹介が遅れたわね。私はニンファニエル。下等なあなたたちにもわかるように説明すると、宇宙人ってところね。ま、さっきのでわかったと思うけど抵抗は無駄だから。仲良くしてくれると嬉しいわ」
慌てふためく群衆をバックに、にっこり笑って無邪気に手を振った。
***
宇宙からの侵略者・ニンファニエル。彼女の存在は瞬く間に世界へ知れ渡った。
各国首脳はすぐさま討伐指令を出し連合軍を出撃させたが彼女を撃退するには至らない。
機銃による掃射も、戦闘機による空爆も、奥の手であった核ですら彼女に傷一つつけられなかった。
挙句、捕らえた兵士たちを使って自らの力を全世界へと見せつける始末。
ある者は掌サイズの球体へと圧縮され、ある者は紐のように長く伸ばされ、またある者は粘土のように丸められ。
結果的に、一万人にも及ぶ兵士たちは皆人とも呼べぬ姿となって本国へと送り返される羽目になった。
あまりにも無惨な内容に報道規制が施されたものの、これをきっかけに彼女を“神”と崇めたたえる団体まで現れ事態は混沌を極めた。
そして今日も彼女――ニンファニエルは創作(しんりゃく)活動に勤しむ。
「ふんふん、ふ~ん♪」
鼻歌を奏でながら生地をひたすらこねる。もちろん、その原料は人だ。
「あぎゃばっ! ぐべっ! や、やべ……ッ!」
ニンファニエルを“神”と崇めていた宗教団体のトップであった女性は今やバスケットボール大にまで圧縮されている。モデル顔負けのスラリとした手足はすでになく、自由に動かせるのは顔だけだ。
「な、なぜ、こんなことを……」
ぷるぷると身体を震わせながら問いかけるとニンファニエルは心底不思議そうな顔で首を傾げ、
「え? だってあなた、私のことが好きなのよね?」
「は、はい……お慕い申し上げております」
「じゃあ、その私に食べてもらえるんだから、それはとっても光栄なことだと思うけど?」
「え、ぁ……は? 食べ?」
「うん、そう。これからあなたはずぅっと私の中で生き続けるの。素敵でしょう?」
その瞬間、ようやく悟る。
目の前にいるのは自分たちと相互理解できるはずなどない、真正の“異形”なのだと。決して近づいてはいけない存在だったのだと。遅まきながらに理解する。
「あ、あぁ……!」
憧憬のまなざしが畏怖へと変わっていく。恐怖のあまり失禁してしまい、まな板の上に黄色い液体が広がった。
が、当のニンファニエルは嫌そうな顔一つせず、むしろ手間が省けたとばかりに小水を彼女の身体に塗り込み、感触を確かめるようにぺちぺちと叩いてから――全体重をかけて掌で押す。
「ぷぎゃっ!?」
ぐにゃりと球体が歪み、奇妙な悲鳴が上がる。
痛みはない。むしろ心地よささえある。
それがたまらなく恐ろしいのだ。もう自分は人間とは違う“何か”に変えられてしまったのだと、明確に理解する。
「あっ、いっ、いやぁっ! た、たずげ……!」
「はい、うるさ~いっ」
「ぷげっ!」
小さな鉄拳が生地に炸裂した。先ほどまで顔があった部分は凹み、茶巾絞りのような有様になり果てる。
ニンファニエルはその後も何度か生地を台に叩きつけた後、どこからか取り出した綿棒にて丁寧に伸ばしていく。最後には生地を綺麗に折りたたみ、包丁で等間隔に刻んで湯の中に投入した。
「この星って文明レベルは低いけど、料理だけはほんっとうに美味しいのよねぇ……特にお蕎麦! これは人類の偉大な発明ね。褒めてあげたいわ」
くすくすと赤子のように笑いながら鍋の中をかき混ぜ、頃合いになるとそばを取り出しつゆの中に投入。仕上げに薬味を散らして勢いよく啜りこんだ。
「ん~! 美味しい! 今まで食べた中で一番だわ! やっぱり素材がいいと違うわね。あの子、可愛かったもの」
感慨深げに呟きながらずるずるとそばを啜る。
一見するとのんきな光景だが、眼前に広がるのは地獄絵図だ。ビルはほぼすべて倒壊し、戦車や戦闘機の残骸が至る所に散乱している。
その周囲には奇妙なオブジェが建てられているが、その原料はもちろん人間だ。
一辺が六十センチほどの立方体に人の頭がついており、手足は完全に折りたたまれ、文字通り手も足も出せない状態にされている。乳房も秘部も丸出しの状態でピラミッド状に積み重ねられていた。
「ああ、司祭様……どうして、こんなことに……」
「もういや、おうちに返して……」
「お母さん、おかぁさぁん……」
さめざめとすすり泣く女たち。
一時間ほど前までは信仰心あふれる敬虔な信者たちだったというのに、今は一様に涙を流してすすり泣いている。全幅の信頼を置いていた司祭があっさりと殺され、自らも人ならざる姿へと変容されたのだから当然だろう。
彼女たちの嘆きは最高のBGMだ。思わずうっとりと聞き入ってしまう。
「ふふっ。割といい作品が作れたわね。タイトルは、そう――『愚者の街』ってところかしら?」
ニンファニエルはそれらを眺めて満足げに口元を歪めつつグイッと丼を傾け、中身を一気に飲み干す。
ぷふぅっと満足げに息を吐き、
「さて、と。次はどこに行こうかしらねぇ……」
地球に訪れてからすでに一か月以上が経過しているが人間たちが降伏の意思を示すことはない。むしろこちらが強気に出れば出るほど結束を強めて襲い掛かってくる。
もちろん、彼らもそれが無駄だと頭の片隅では理解していることだろう。
それでも諦めないのはこの星の支配者たる矜持か。
退屈しないのでそれはそれで面白いが。
「ん……?」
バタバタと異様な音がしたので空を見上げると、複数のヘリがこちらに迫っていた。
そのうち一つは取材用だろう。こちらに対して身を乗り出しているカメラマンと、数名のガードマンがいるだけでヘリ自体に武装はない。
それから少し後方に並ぶ三機のヘリは巨大なコンテナのようなものを吊るしているが、遠目からではその中身は把握できない。爆弾が詰まっている、というわけでもないだろう。コンテナは風に煽られ、ガタガタと左右に揺れている。
どうせなら面白いものがいいなぁ、などと思いながらニンファニエルはにこりと笑い、カメラに向かって恭しく礼を返す。
「ごきげんよう、地球の皆さん。今日もいいお天気ね。おかげで創作活動がすごく捗っちゃったわ」
愛嬌を振りまくさまは外見相応の愛らしさだが、カメラマンたちの表情が緩むことはない。彼女がしてきた行いを思えば当然のことだ。すでに人口の三割が彼女の手によって消されている。
警戒心を滲ませる取材陣をよそに、ニンファニエルは上機嫌で女体ピラミッドの元へと向かう。彼女たちはカメラに映されていることを知ってか悲鳴を上げるが顔を背けるのがせいぜいだ。
「どう? 今回のは中々自信作なんだけど……あ、そうそう。ほら、見て頂戴」
「んひぃっ!?」
ニンファニエルの細指がおもむろに一人の女性の女陰に入り込む。くちゅくちゅと卑猥な水音がかき鳴らされると同時、他の女性たちの身体にも変化が起き始めた。
ピタリと閉じていた女陰がひくひくと蠢きだし、どろりと濁った本気汁を零しだす。それもほぼ同時にだ。肌も赤らみ、荒い吐息も重なりだす。
「どう? 今回は快楽神経も繋いでみたの。だから、ほら、こんな風に」
「――ぁッ❤」
グヂィッと。爪が陰核にめり込んだ瞬間、女たちの目がグリンッと裏返った。
『イッグゥゥゥゥウウウウウウウウッ!』
甲高い嬌声の大合唱と同時にすさまじい勢いの潮が飛沫き、ニンファニエルの身体を濡らした。全身濡れみずくになりながらも当の彼女は楽し気にクスクスと笑い続ける。
「あっははは! ねぇ、今のちゃんと撮った? 最高に無様よね! ほらほら、せっかくテレビに映ってるんだからもっとサービスしなさいよ」
「あひっ❤ イグッ❤ やめ……うあぁぁぁッ❤」
ぶしゃぶしゃと大量の潮を撒き散らす肉のオブジェを前に、ニンファニエルは心底楽し気に笑い続ける。
すでに息も絶え絶えの女たちはぶるぶると激しい痙攣をきたし、とうとう完全に気を失った。それでもまだ秘部からは名残惜し気に潮がピュッピュッと飛沫き続けている。
「あら、もう終わり? なぁんだ、つまらない。もうちょっと歯ごたえのある相手は――」
言い終わる直前で、ニンファニエルの矮躯が吹き飛んだ。そのままの勢いでピラミッドに激突し、崩れ落ちる裸体の山に押しつぶされる。
その光景はカメラを通して全世界に放映されていた。これまで無敵と思われた侵略者への逆襲劇に、誰も彼もが喝采を上げる。
カメラがズームした先に映し出されたのはバイザーを被った年若い少女たちだ。国籍、人種などはバラバラだが共通するのは鋼の翼と機械の四肢。そして対・侵略者用の武装だ。ある者は長大な剣を携え、またある者は重厚な手甲を身に着けている。
ヘリが吊るしていたコンテナから次々現れた少女たちは崩壊した肉ピラミッドを囲むようにして滞空する。
「生命反応あり。隊長、狙撃しますか?」
「――待て。一応、あの女たちも生きている。なるべく犠牲は出すなとのお達しだ」
ニンファニエルを狙撃したと思わしき少女兵の言葉に応えたのは理知的な顔立ちをした白人女性だ。金糸の髪を靡かせ、光り輝く槍を構える姿は伝承に残る戦乙女を彷彿とさせる。
――侵略者が到着してから、連合軍もいたずらに被害を増やしていたわけではない。地球を守るべく国の垣根を越えて優秀な科学者たちを集め、ニンファニエルを倒すための算段を立てていた。
現場に残された彼女の血や肉片を解析し、彼女を殺すこと“だけ”に特化した武装と兵士たちを作り上げた。
それが彼女たち、人類連合軍の切り札である“防人”だ。
「――隊長。動きがありました」
狙撃手の言葉を受け、防人たちの間に緊張が走る。それぞれの武装を構え臨戦態勢を取った。
ややあって、女体の山からにゅっと細い手が伸びてきた。ニンファニエルはひどく億劫そうな様子でのんびりと這い出し、胸の部分を撫でさする。
「あいたたた……久々に効いたわ……」
「痛い、か。どうやら有効なようだな」
ようやく反逆の糸口をつかめた、と防人たちの口元にも笑みが浮かぶ。
が、すぐに口を真一文字に結び、ニンファニエルを取り囲む。いつでも襲い掛かれる距離だ。
当の彼女は興味深げに彼女らを見まわし、どこか見下したような微笑を零す。
「へぇ……少しは手ごたえがありそうじゃない。“アレ”と戦う前の前哨戦くらいにはなるかしら?」
ふぅっと短く息を吐くと同時、ギュンッと腕が伸びた。掌の大きさは十倍近くになり、人ひとりすっぽり包み込めるほどの大きさへと変化する。
狙いは狙撃手だ。が、彼女の瞳に恐れはない。
「行くぞ!」
隊長の凛とした声が響くよりも早く、防人たちは行動を開始した。
「ぬぅりゃぁっ!」
狙撃手と掌の間に割って入った防人が、巨大な手甲で攻撃を弾き返す。間髪入れず狙撃手の放った銃弾がニンファニエルの肩を貫通した。
痛みにたたらを踏んだ彼女の眼前に迫るのは双剣を構えた小柄な少女だ。舞うような動きで斬りつけ、彼女の身体に細やかな傷をつけていく。
瞬時に腕をもとの長さにまで戻したニンファニエルが横なぎの一撃を見舞う頃には、彼女は天高く跳躍していた。大振りの一撃をスカした彼女の隙を見逃さず、隊長の振るう槍が細腕を切り飛ばす。
「な、ぁ――っ!?」
青い血の噴き出る傷口を抑えながら、ニンファニエルは驚愕の表情を浮かべていた。武器はともかくとして、ただの人間がこれほどまでの力を持っているなどにわかには信じられない。
否、それよりもだ。彼女たちには恐怖心というものが感じられないのだ。ほんの一ミリでも攻撃が掠れば人ならざる姿に変えられるとわかっていながら、それでもなお躊躇がない。
防人の隊員たちは特別な出自の者ではない。一般からの公募で集まったどこにでもいる少女たちだ。戦闘訓練などこれまでの人生で受けたこともない。
ただ、他の者たちと違う点があるとすれば――被害者の遺族であること。ニンファニエルに強い憎しみと怒りを抱き、そのためならば命すら惜しくないと思っていること。
政府はそんな彼女たちに“力”を与えた。神すら殺しうる武装と、恐怖心を消し去り身体能力を強化する薬を。
すでに彼女たちの寿命は九割弱削られている。無理な調整の代償だ。仮にこの戦いで生き残ったとしても一か月先まで生きていられる保証はない。
――だが、それでも構わないと。あの悪魔を殺せるのならば構わない、と防人の誰もが思っている。
「……ッ」
そのただならぬ気配を感じ取ったのか、ニンファニエルも身震いする。
追い詰められた獣は時に狩人にすら牙を剥く。これまでにも経験がないわけではなかったが、ここまで極端なのは初めてだった。
「……でも、いいわね」
口元がにわかに緩みだす。
メインディッシュの前の前菜としては上等だ。久々に胸が高鳴る。
これまで数えきれないほどの星々を滅ぼしてきたが、原住民たちに傷をつけられた経験は数えるほどしかない。
ぺろりと唇を舐める仕草は肉食獣を思わせる。ここに来て初めて見せる、好戦的な表情。
「さぁ、かかってらっしゃい。揉んであげるッ!」
「ほざくなッ、化け物風情が!」
両手を肥大化させながら叫ぶニンファニエルと、雄たけびを上げながら突貫する防人たち。
彼女たちの戦いの行く末を、テレビの前の者たちは固唾を飲んで見守っていた。
***
ニンファニエルは外宇宙からの侵略者であるが単なる宇宙人ではない。より厳密に言うならば我々とは別の世界に住まう高次元存在。
文字通り次元が違うため、彼女にはこちらの世界の常識や物理法則が一切通用しない。それでいて、彼女自身は一方的にこちらへ干渉できるという出鱈目な能力を有していた。
ゆえに、すでに宇宙のほとんどの星々が彼女の手によって滅ぼされ、あるいは軍門に下った。その絶対的な力と嗜虐性はまさしく“神”と呼称するにふさわしい存在だ。
――けれど、そんな神の喉元に、人間たちの英知が迫ろうとしている。
「オォオオオオオオッ!」
裂帛の気合とともに放たれた横薙ぎの一撃によって、ニンファニエルの首がいとも容易く撥ね飛ばされた。しかし頭を失った胴体はすぐさま駆け出し、高く跳躍して無理矢理首を繋ぐ。
それで完全に元通りだ。特にダメージが通ったようには見られない。
「……まるでカートゥーンだな。馬鹿げている」
幼い頃に見たアニメを彷彿とさせる光景に、隊長は目を伏せて短く息を吐く。
交戦開始から三十分。先ほどからずっとこの調子だ。
少しずつ攻撃は通るようになってきているものの、これといった決定打はない。それは彼女にしても同じだが、あちらはまだ余裕を見せている。
そも、痛覚はあるのだろうか?
防人たちが携える武器はあくまでも“こちらの物理法則を押しつける”効果しか持たない。なんとかこちらの土俵に引きずり込むことには成功したが、果たして打倒できるのか。
「うっ!」
そんな気弱な考えがよぎり始めた頃、プシュッという炭酸飲料を開けたような音とともに新たな薬が投与される。
防人たちが身に着けているバイザーからは針が伸びており、直接彼女たちの脳と接続されている。脳波に乱れが生じた場合、投薬が施される仕組みだ。
「――ッ」
投薬により冷静さを取り戻した隊員たちは再びニンファニエルを取り囲む。法も倫理も無視した肉体改造の結果、彼女たちは人知を超えた身体能力を手に入れた。
これまで数多の星を侵略してきたニンファニエルですら驚愕するほどの戦闘力だ。
――が、
「嗚呼、楽しいわ……久々に胸が高鳴るの」
ニンファニエルは小さな握りこぶしを胸の前で作り、歓喜に身体を震わせる。
矮小な人間風情がよくぞここまで食らいついたものだ。彼らへの評価を改めねばなるまい。
「ごめんなさい、あなたたちのことを甘く見てたわ。この私相手にここまで保つなんて……だから」
そうつぶやいた直後、ニンファニエルの目が妖しく光る。
「――ちょっと、本気でお相手するわ」
言い切ったと同時、ニンファニエルの身体から発せられるプレッシャーが何倍にも増幅される。薬によって恐怖心を消していなければ戦意喪失するほどの圧力に、防人たちも思わずたたらを踏む。
そのわずかな綻びを見逃さず、ニンファニエルは大地を蹴る。
「あ――ぴげっ!?」
瞬間移動と見紛うほどの移動速度で目の前に現れた彼女になすすべなく、狙撃手は横に吹っ飛ばされた。
その先にある戦車に激突し、豪快な破砕音が鳴り響く――はずが、聞こえてきたのはべちゃっと絵の具を叩きつけたような粘っこい水音。
「な――っ!?」
見れば、戦車に先ほどまではなかった奇妙なノーズアートが描かれていた。
大の字の状態で、顔をクシャッと歪めた女の絵。ご丁寧に吹き出しには『HELP!』の文字。
それが狙撃手の成れの果てだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
「ッ!」
狙撃手から一番近くにいた防人はすぐさま回避行動をとるが、ニンファニエルはピタリとその横に張り付きにこっと愛嬌たっぷりに笑いかける。
「ざんねんっ、ちょっと遅かったわねっ」
「あっ」
パンッ! と巨大な掌で頭を叩き潰す。
頭部分だけがペラペラの紙のようになった少女は完全にパニックに陥り、すっかり変わり果てた自分の頭をペチペチと触っている。平衡感覚も失ってしまったのか、そのまま地面へと不規則な軌道を描きながら落ちていった。
「あッ、あああああああああああッ!」
恐怖心が薬の効果を上回ったのか、錯乱した防人の一人がニンファニエルへと斬りかかる。しかし掌で包まれた途端刀はぐにゃぐにゃに折れ曲がり、呆気に取られてしまった彼女もまたニンファニエルの手によって引き延ばされ、長い紐のような姿へと変貌した。
そしてあろうことか、ニンファニエルはそれを投げ縄のように使って防人たちを捕らえだした。
彼女たちもその原料が仲間だとわかっているからだろう。逡巡し、捕縛され、同じように姿を変えられていく。
もはや天秤は完全に傾いてしまった。先ほどまで互角の戦いを演じていた防人たちも次々とやられていき、とうとう最後に残ったのは隊長だけになってしまう。
――だが、
「……よくもぉっ!」
薬でも抑えることのできない激情に駆られながらも自暴自棄にはなっていない。より洗練された動きで槍を振るう。
その過程で縄を斬ったとしても動きが鈍ることはない。むしろ怒りで加速し、電光石火の早業を繰り出す。
「おぉおおおおおおおおおおおおおッ!」
ニンファニエルですら捌ききれない斬撃の雨。完全には捌ききれず、身体に無数の傷が生まれていく。
勝てる――と、確信した直後だった。
「……あぇ?」
ぷつっと。頭の中で何かが切れた。
鼻から血が零れ、視界の端から黒く染まっていく。
気づいたころには天地の感覚すらも曖昧になっていて、地面に激突してようやく墜落したことに気がついた。
「おっ、ぁ……かぺっ」
「あらら……やっぱり時間切れね。せっかくいいところまでいってたのに」
ニンファニエルは残念そうに唇を尖らせ、隊長の隣に着地する。
過剰投与による自滅……なんとも呆気ない幕切れだった。
当の隊長はもはや動くことさえままならないのか「あー」だの「うー」だの不明瞭な言葉を呟きながらぴくぴく痙攣している。バイザーを取ってみると目が完全にイっていた。瞳孔が開き切り焦点もあっていない――廃人一歩手前、という有様だ。
「可哀想……とは言わないわ。死力を尽くして戦ったのだから、相応の礼儀を尽くさなきゃね」
その場に跪き、ゆっくりと唇を重ねる。
それは以前男にしたモノとはまるで違う、慈しみのこもった接吻だった。愛しい者への別れを告げるような、優しさの中に儚さすら感じさせるような代物。
「ん……ッ」
強張っている唇をそっと舌で割り裂き、唾液を流し込む。
隊長は一瞬だけびくっと身体を震わせるものの、次第に表情が穏やかなモノへと変化していく。
今まで食べた何よりも甘い味が口内に広がっていく。ハチミツのようで、しかしより濃厚で、かつ気品がある。気づけばこくっ、こくっと夢中になって喉を鳴らしていた。
唇を重ねること、約一分。ニンファニエルはゆっくりと身を放し、眼下の女を見やる。
彼女の身体は半液状化しており、地面と混ざり合って泥のようになりつつある。それでも彼女が浮かべているのは恍惚の笑みだ。おそらく自分の身に何が起こっているのかも正常に理解はできていないだろう。薬物で脳を破壊された結果だ。
ニンファニエルが見守る中、彼女の身体はとうとう輪郭が崩れ始め地面へと溶けていく。乾いた地面に染み込む直前まで、彼女は口元に笑みを浮かべていた。
「……ふぅ」
ため息を零し、周囲を見渡す。
防人たちは一人残らず戦闘不能だ。かろうじて人の姿を留めている者もいるが闘うことはままならないだろう。
チラリと上を見ると、ヘリコプターから身を乗り出していたカメラマンと目が合った。恐怖に引き攣った顔をしている。きっとこの中継を見ている者たちは同じような表情をしているに違いない。
人類最後の砦は壊滅した。もう自分たちに打つ手はない。そんなことを考えているだろう。
だが、その認識は誤りである。
ゴゴゴゴゴ……ッ!
突如として大地が鳴動し、雷鳴を思わせる轟音が地の底から響いてきた。慌てふためく取材陣をよそに、ニンファニエルは興奮を抑えきれない様子で目を輝かせる。
「やっとお出ましってところね。待ちくたびれたわ」
その声に呼応するがごとく地面に幾何学的な文様が浮かび上がり、そこから一人の少女が現れる。
ココア色の肌と全身に描かれた部族的な戦化粧が印象的だ。健康的な褐色と人工的な白色の調和は目を奪われるほどに美しい。
否、神々しいと言った方がより正しいだろう。彼女の纏う雰囲気は他の者たちとは決定的に違っている。
その本質はニンファニエルのそれに限りなく近い。
『案ずるでない、人の子らよ』
シィンと沈むこむような不思議な声音だった。澄んだソプラノでありながら落ち着いた響きがある。
『そなたらの覚悟、しかと見届けた。後は我が、こ奴の相手を努めよう』
トンッとつま先で地面を叩くと、そこから樹木を思わせる造形のランスが出現した。身の丈よりも長大で、淡く発光している。光を押し固めて武器にしたような有様だった。
少女はそれをまるで棒切れのように軽々と操り、洗練された動きで構えを取る。
「へぇ……さっきの子たちよりは楽しめそうね」
地球の人間たちは知る由もないが、征服者として宇宙を回ってきたニンファニエルだけは彼女の正体を知っている。
全ての星には“核”が存在する。それはいわば星の意思、魂のようなものだ。普段は眠っているが、危機が迫ると覚醒する。
姿形、能力に統一性はない……が、共通する点が一つだけ。
彼女たちはもれなく、ニンファニエルと同じ高次元存在だということだ。
「ねぇ、あなた。名前は?」
ニンファニエルは構えを解かずに問いかける。対する少女は少し意表を突かれたようにグッと唇を尖らせるも、ややあって静かに返す。
『……エリム』
「そう、いい名前ね。覚えていてあげるッ!」
不意を突く形で、ニンファニエルが飛び出した。これまでよりも格段に速く、カメラには残像すらも映らない。
瞬間移動と錯覚してしまいそうなほどの速度で後ろに回り込み、肥大化した両手を力任せに叩きつけようとするが、
「っとぉっ!」
顔面目掛けて伸びてきたランスの一撃を身を仰け反らせて躱す。エリムはこちらを見ようともしていない。気配を探れるのか、はたまたこちらの動きを読んでいたのか。
考えるのもほどほどに、ニンファニエルは大きく後ろに飛び跳ねる。槍は意志を持ったかのように追尾してくるが、ある段階でピタリと止まった。どうやら無際限に伸び続けるわけではないらしい。
『ちょこまかと、煩わしい』
エリムはゆっくりとニンファニエルの方を向き、今度は自分から打って出る。ランスを構え、回転しながら突進してくる様は弾丸さながらだ。
ニンファニエルはすぐさま回避行動を取ろうとするが、跳躍しようとしたところでグンッとつんのめる。
見れば、足が地面に挟まれていた。トラばさみのように隆起した地面が細足に深々と噛みついている。
「しま――っ!」
足を変形させるよりも早く、ランスの切っ先が胸元へと迫っていた。
咄嗟に身体をスライムのように流動させ回避するが、衝撃の余波で肩口が大きく抉れる。想像を絶する激痛に顔が歪み、大量の血が飛沫いた。
それでも追撃が来るよりも早くその場から逃げ出し、手近な岩の上に登って距離を取る。
「いっつぅ……ッ! 思ったよりも厄介だわ……」
高次元存在たちはそれぞれ固有の能力を有している。
ニンファニエルであれば《万物の変形》。自他問わず、ありとあらゆるモノの姿形を変えることができる。
対してエリムは――あくまでも推測でしかないが――概念の上書き。こちらの能力を打ち消し、無効化する。防人たちがやっていたことの完全なる上位互換だ。
その証拠に、ニンファニエルの身体はいつまで経っても再生しない。どれだけ掌で揉みこもうと肉がうじゅうじゅ蠢くだけで元に戻るまでには至らなかった。
予想以上の難敵に冷や汗が流れる。こんな辺境の星にこれほど強い相手がいるなど夢にも思わなかった。
『どうした? 臆したか?』
こちらの動揺を見て取ったらしきエリムが挑発してくる。
不用意に飛び込めば手痛い反撃を食らい、かといって待っているだけでは勝てる見込みはない。
ならば、やることは決まっている。
「ふっ、んんぅっ!」
ニンファニエルが高く掲げた右手が、一気に数十倍の大きさにまで膨れ上がった。
天を覆いつくすほどの様相に、巻き添えを恐れてか取材陣たちは一目散に逃げだすがエリムは微動だにしない。少しばかり眉をピクリと動かした程度で、グッと身を屈めてランスを構える。
「はぁああああああああああああッ!」
接近されるよりも早く、巨腕がすさまじい勢いで振り下ろされた。
隕石の衝突に匹敵するほどの威力に大地が陥没し、強烈な衝撃波が周囲の全てを吹き飛ばす。空を覆いつくさんばかりに粉塵も巻き上がり、取材陣たちが乗っていたヘリもそれに呑まれてあえなく墜落した。
攻撃の余波はそれだけに留まらず、地球全体をぶるぶると激しく振動させる。至る所で火山が吹きあがり、海の水すらも大きく波打ち津波を引き起こした。
しかし、それらはまだまだ軽い方だ。
あまりの衝撃に、地球の位置が大きく下にズレたのである。
まるで漫画のように出鱈目な展開だ。困惑する人間たちであるが、彼らの意識はニンファニエルの掌の下――エリムの安否に注がれている。
ニンファニエルの手に触れた物体は問答無用で形を変えられてしまう。それは高次元存在とて例外ではない。
まして、あれだけの一撃だ。生存は絶望的だろう。
そう、誰もが思っていた時だ。
「……冗談でしょう?」
ニンファニエルの手の甲の一部が淡く発光しだしたと思った次の瞬間、ランスを携えたエリムが回転しながら飛び出してきた。
全身に青い血を浴びているもののダメージを負った様子はない。どうやらランスを傘のようにして身を潜め、その勢いのまま掌を抉り抜いてきたらしい。
エリムはどこか不服そうな顔でランスを振り、血を払う。対するニンファニエルは手の甲の痛みに耐えかねてか、膝を折っていた。これまで見せていた姿からは想像もできないほど切羽詰まった表情をしており、大量の脂汗を流している。
「うくっ、うぅ……! まさか、アレを防ぐなんて……!」
『終わりだ、邪神よ。去ね』
立ち上がる間もなく、ニンファニエルの身体に風穴が開けられた。彼女は信じられないといった顔で胸部の穴を覗き見て、その向こうで佇むエリムの姿を視認する。
こぽっと口から血反吐が零れた。必死に手で胸を揉みこんでも傷跡は塞がらない。むしろ痛みが激しくなるだけだ。
それはまるで奇妙な手話のようだった。ニンファニエルはぶくぶくと血の混じった泡を吐きながらペタペタと胸を弄り、そのまま前のめりに倒れこむ。
最後に一度だけビクンッと大きく戦慄いて、そのまま動かなくなった。
これまで残虐の限りを尽くしてきた邪神にしてはあまりにも味気なく、虚しい最期――なのだが、
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!』
その光景を見ていた人間たちは、皆瞳に涙を浮かべて喝采を上げる。間違いなく、人類の心が一つになった瞬間だった。人種も性別も関係なく、誰も彼もが生きている喜びを噛みしめている。
払った犠牲は多く、これからどうなるかもわからない。それでも生きてさえいればなんとかなる。
人間たちはしばし勝利の余韻に浸ったのち、今一度テレビに映るエリムに敬意と親愛のまなざしを向ける。
彼女はそれを感じているのか落ち着き払った様子でトンッとランスで地面を叩き、
『人の子らよ。此度の戦、誠にご苦労であった』
柔らかい声音で囁き、ほわりと優しくほほ笑む。
本来であれば、もう少し早く顕現することもできた。そうであればここまで犠牲が広まることもなかったかもしれない。
だが、エリムは試したのだ。人間たちが果たしてこの未曽有の危機に対してどう出るのかを。
結果、人間たちはこの星に住まう者としての誇りと矜持を見せつけてくれた。それが見られただけでも重畳である。
愚かしくも愛おしい我が子たちにニンファニエルは慈愛のまなざしを注ぐ。
『邪神に与えられた傷は大きい……だが、そなたらであれば必ずや再興の道を見つけられると信じておるぞ』
その言葉に人間たちは大きく頷く。
エリムは安堵したようにふっと口元を緩めて目を閉じる。彼女の肉体が徐々に綻び、光の粒子となって大地に帰っていく。
それを惜しむのは人間たち――ばかりではない。
「あら、まだ帰られたら困るわ。これからが本番なのに」
「――ッ!」
突如として、どこからともなくニンファニエルの声が響いた。
肉体の回帰を中断し、彼女の亡骸を見やる。もしやと思ったが、やはりそれは完全に物言わぬ屍となっていた。
「違う違う、そっちじゃないわよ。ほら、こっちこっち」
ぞわりと。皮膚の裏側を蟲が這いずり回るような嫌な感覚に見舞われる。
先ほどまで掻き消えていたはずの重圧が、さらに強大なものとなって“上”からのしかかってくる。
『――まさか』
空を見上げた直後、それまで閉ざされていたエリムの目が大きく見開かれた。
「ふふっ、驚いた? 今、あなたが倒したのは私の端末……まぁ、子機みたいなモノね。強さ的には私と同じくらいなんだけど」
相変わらずの軽口でしゃべるニンファニエルの姿にエリムは頬を引き攣らせる。
その大きさたるや、太陽すら野球ボールに見えてしまいそうだ。掌だけでも地球がすっぽりと覆えてしまう。
その異様さと巨大さを形容する言葉を、人類は持ちえなかった。
「もうだめだ……」
桁が、規模が、生物としての格が違いすぎる。
勝利を確信していただけにその絶望は大きい。空に浮かぶニンファニエルの姿を見た者たちは皆世界の終焉を予期し、その場で膝を折る。
仄暗い諦観が彼らの胸へと去来し、瞳が絶望の色へと染まっていく。
『うろたえるなッ!』
けれど、エリムだけは。彼女だけはまだ、心が折れていなかった。
『まだ終わったわけではない! 今! ここに! 我がいる!』
ランスを構える地母神の姿は凛々しく、雄々しく、神々しい。
けれどそれが虚勢であることは彼女自身が一番よくわかっていた。
(この、化け物め……ッ!)
ニンファニエルの額に浮かぶ第三の目――その中心にあるのが彼女の“星”だと気づくにはあまりにも遅すぎた。
最初から、彼女はちっとも本気を出していなかったのだ。仮にその気ならばこんな星など軽く叩き潰せていたことだろう。
それをやらなかったのは本人の嗜虐性によるものだ。どこまでも自分たちをバカにしている、とエリムは歯ぎしりして天高く飛翔する。
「あぁ、健気ね。まだ戦う気だなんて」
ニンファニエルから見れば今のエリムはコバエ程度の大きさだ。それが地球から一直線に飛んでくる。
本人は至って真剣なのだろうが、なんともシュールな情景にクスッと微笑が零れた。
「それっ」
ピンッと。軽いデコピンで、エリムの身体は一気に地球へと押し戻された。大地に深々と頭からめり込み、その姿が全国のお茶の間に流される。
それでもすぐ体勢を立て直し、先ほど以上の勢いでもって向かってくるが……それもまた無意味。ニンファニエルは弄ぶように何度も指で弾き、掌で払い、あるいは息を吹き付けるだけで撃退した。
最初こそ一縷の希望を抱いていた人間たちももはや完全に諦めの境地に達している。未だ諦めていないのはエリムだけだ。それも無駄な足掻きだが。
「……ここまでね」
ニンファニエルの口元からスゥッと笑みが掻き消えた。それは紛れもなく、彼女の興味がエリム、ひいては地球から離れた瞬間である。
全身ズタボロになりながらも向かってくるエリムを一瞥し、
「えいっ」
まるでハエを叩くような仕草で、地球もろとも叩き潰した。
ゆっくりと掌が開かれると、ぺちゃんこになった地球が露わになる。紙のように薄く伸ばされ、少し潰れた楕円形になっていた。指でつまむとひらひらと靡き、それに合わせて海面に波紋が広がっていく。
こんな状態でもまだ地球としての機能は健在だ。重力も存在しているし、海や木々はもちろん人間たちも生存している。無論、完全に平面化して二次元的になっている彼らはその場から動くこともできないのだが。
「あれ? えっと……あぁ、そこにいたのね」
肝心のエリムが見当たらず首を傾げるニンファニエルだったが、指の隙間に挟まっているモノを確認し困ったようにはにかむ。
それはエリム……だったものだ。縦方向から強い力が加えられたせいか身体は円形に広がり、地球と同じく薄っぺらく引き伸ばされている。大きさは通常時の数十倍ほどに薄く広がっているもののニンファニエルと比べれば彼女の爪の先にも満たない。
かろうじて顔は残されているが手足は完全に潰れて身動きできない状態にされており、その姿はキャラクターシールを連想させた。
「あら、あなた下に何も着けてなかったのね。フフッ、下等な星の守り人らしいわ」
ニンファニエルはペラペラになったエリムを裏返し、ジロジロと注視する。スラリとしていた足も縦に押しつぶされ、秘部と尻も丸見えだ。特に秘部はひくひくと蠢き、とろりとした愛液を零している。
『おっ、おご……ッ』
エリムはほぼ白目を剥いていた。ニンファニエルによる“形成”は途轍もない多幸感をもたらす。それは高次元存在である彼女とて例外ではない。
フッと剥き出しの秘部に息を吹きかけてやると薄い身体がふわりとたなびき、同時にピュッと秘裂から潮が噴き出た。黒目がさらにググッと上に持ち上がり、口から舌がピンと飛び出る。
「あははっ! こうなったらもう形無しね。ほらほら、私に勝つんじゃなかったの?」
ひらひら、ぴらぴらと嘲るようにエリムの身体を弄ぶ。
もう彼女に反抗するだけの気力はない。指でつままれているだけでもそこからじわじわと甘やかな心地よさが広がってくるのだ。紙のようになった身体がはためき股間に風が当たる度、背筋が震えるほど気持ちよくなる。
ニンファニエルは笑いをこらえるようにしながら、今度は逆の手で地球をつまんだ。こちらは当然ながらエリムよりもだいぶ大きい。少し大きめの折り紙程度だ。
「ほら、見える? これがあなたの星よ」
接するギリギリまでニンファニエルの身体を近づける。地球にいる者たちに守り神のあられもない姿を見せつけるようにぐるりと一周させ、ふむと短く唸った。
「さて、と。じゃあ、いよいよお楽しみの始まりね」
ぺろりと唇を舐め、地球をぽいっとその場に投げ捨てる。
今や彼女の目にはニンファニエルしか映っていない。彼女をどう辱めてやろうか、それだけで頭が一杯だった。
「まずは……そうね。ちょっと伸ばしてあげましょう」
エリムの頭頂部と思しき場所を指先で器用につまみ、ゆっくり上へと引き延ばす。さながらコンドームのように、エリムの身体は異常な伸縮性を見せた。
ある程度伸ばしたところで、今度は裏側――恥丘を優しくつまみ、そっと伸ばしていく。それがたまらなく心地よいのか、エリムはずっと潮を撒き散らしていた。必然、ニンファニエルの指も潮塗れになる。
「んっ、もう……こらえ性のない子ね」
あきれたように呟くニンファニエルはぺろりと指を舐め、縦長になったエリムの姿を見た。先ほどはシールのようだったが今度はセロテープを思わせる。どちらにせよこの状態ではイマイチ盛り上がらない。
なので、彼女の背にそっと人差し指を置いてそのままくるくると回転させた。まるでピザを伸ばすような動作とともに、エリムの身体がさらに引き延ばされていく。
初めは緩やかだったが徐々に勢いがついていき、ニンファニエルもまたバスケのトリックを決めるように回転させていく。
『あがっ、あっ、あっ、やめっ、やめて……ッ』
それに伴い倍増していく性感に、エリムは困惑の涙を浮かべていた。
自分の身体が薄く引き伸ばされていく未知の感覚。ふわっと宙に浮かんだと思った直後、ニンファニエルの指が腹部にめり込みぽっこりとその部分だけが盛り上がった。
『あ――っ』
痛みはなく、ただただ心地よい。自分の身体が完全なモノに成り果てたのだと自覚した瞬間だった。
トドメの一撃とともに、エリムの股からプシィッとこれまで以上の勢いで潮が吹きあがる。さながら自我というモノを一緒に吹き出しているような有様だった。
『……』
モノとしての自覚が生まれ始めてきたのか、エリムは途端に無口になった。それでも顔だけは忙しなく快楽にゆがみ、股ぐらからはとうとう小水まで零れ始める。
遠心力によって四方八方に飛び散っていく水の球を眺めるニンファニエルはうっとりと目を細め、身体全体でいなすようにして肥大化したエリムの身体を受け止める。
「フフッ、すっかり見違えたわね。素敵よ」
エリムの身体は今や地球とほぼ同サイズになっていた。身体の厚さはわずか一ミリほど。しかし感覚器官は確かに機能しており、彼女もまだ生きている。
――ただ、すでに自我というモノはないに等しい。人外の法悦を与え続けられた彼女は完全に白目を剥いた間抜け面を晒している。
剥き出しになった乳房の上では愛らしい乳首が真っ赤に充血し、秘部からはとめどなく愛液が零れている。クリトリスにあたる部分――こちらも平面だが――を擦ってやると、エリムは声もなく絶頂した。
「さぁ、みんなに見せてあげなさい。その無様な姿をね」
ニンファニエルは先ほど放っておいた地球に手を伸ばし、再び大きさを比べてみせる。今はわずかにエリムの方が大きいくらいか。
何度か擦り合わせた後、ニンファニエルはおもむろに地球をグシャッと握り潰す。癇癪を起こした子どものように紙のような地球を小さく丸め、エリムの秘裂にあてがった。
『――ッ!』
ひくひくと蠢いていた秘裂は待っていたとばかりに地球をずぶずぶ飲み込んでいく。平たくなった身体に異物が入りこみ、その部分だけがぽてっと膨れ上がる。
もしや避けるかと思ったが十分潮を噴いていたせいだろう。愛液が潤滑液になり、地球はあっさりとエリムの胎に収められた。
『――ッ! ――ッ、ッ!』
地球はあのような姿になろうともまだ機能を残しており自転もしていた。が、くしゃくしゃに丸められたことでその回転が不規則なモノになってしまっている。
必然、エリムの膣内にも変則的な刺激が加えられていく。奇妙な回転を続ける地球はまるで導かれるようにその位置を変えていき、やがて子宮口にこつんとぶつかって動きを止めた。
『――ッ❤』
その瞬間、エリムはかつてないほどの快感に目を剥く。子宮口をぞりぞりと削られるような感覚に膣内もギュッと締まり、それに反発するような回転によってさらなる快楽が生まれていく。
「あはっ❤ 自分の星をおまんこで飲みこんじゃうなんてとんだ淫乱ねっ。ほら、もっと気持ちよくしてあげるわ」
足ふきマットのようになったエリムの身体をぐりぐりと足で踏むニンファニエル。
顔を、胸を、秘部を――そしてぽっこりと浮かび上がった地球を。
エリムは恨み言一つ漏らさず、噴水のように潮を飛沫かせる。
完全に器物としての意識に乗っ取られた今、彼女は“被支配欲”とでも呼ぶべきものを抱いている。
誰かに使っていただきたい。使っていただけることが最上の幸せであり、自分の至上命題。
事実、エリムは恍惚の笑みを浮かべていた。もし完全に平面化していなければ、舌を伸ばしてニンファニエルの足を舐めてすらいただろう。
――反対に、ニンファニエルの反応はあまり芳しくない。踏む所作には苛立ちすら感じられる。
「……つまんない。もうあなたに興味はないわ」
まるで汚らしいものを拾い上げるようにちょいっと指先でつまむ。快楽に蕩けるエリムと目が合った。
もっとしてくれ、と懇願するような目の彼女にフッと息を吹きかける。
『……ッ』
エリムの身体はゆっくり、ゆっくりと宇宙空間の彼方へと飛んでいく。
その最後まで、彼女は色に惚けた顔を晒していた。
「あ~あ……せっかく楽しめると思ったのに。所詮、下等生物ね。色に溺れてちゃ世話ないわ」
軽蔑の視線を向けた後、ニンファニエルはサッと踵を返す。
「さて、と。次はどこへ行こうかしら?」
エリムに対する執着心など微塵も感じさせず、どこへともなく飛んでいく。
その行方をエリムは知る由もない。
物寂しい快感に身を震わせながら、宙の彼方へ消えていった。