裏切
🕑 Added 2022-07-22 10:36:52 +0000 UTC
とある体育倉庫
「あれ……ここは……?」
戸井田京子(といだきょうこ)が目を覚ますと見覚えのある場所だった。
バスケットボールやバレーボールが収められた籠や点数表、折り畳まれたマットがあるのを見るとここは体育倉庫のようだ。
バレーボール部である京子がここにいることは本来は不自然ではないのだが、今日は練習が休みだ。
なぜ休みなのに彼女がここにいるのかというと……
(そうだ……バレーボール部の大野美咲(おおのみさき)先輩に一緒に自主トレしようと言われて……暫く体育館で練習していたんだった……でも急に眠くなって……)
段々と意識がなくなる前の記憶を思い出した京子。
練習とはいえそこそこハードな練習をしていたことも思い出した京子。
何らかの拍子に疲れて眠ってしまったのだろうと考えた。
(まずはとりあえず体育倉庫から出よう)
そう考えて身体を動かした。
ギシッ!!
いきなり何かが軋むような音がするとともに京子の身体を押さえつけられる感覚が襲った。
「っ……!!何よ、これ……」
自分の身体の異変を感じて、状況を把握しようと視線を下にやる。
「えっ……これって……」
自分の身体を見た京子は絶句した。
彼女の身体はパイプ椅子に座らせられており、椅子と身体の主要な関節を縄で連結されている。
身体を動かしてもガタガタと椅子が揺れるのみで、それが椅子と一体になった身体の動きを著しく制限していた。
彼女の拘束はそれだけではない。
後ろ手に両腕を回されており、手首同士をガッチリとまとめられている。
縄とは違う冷たい無機質なこの感覚はおそらく金属だろう。
頑丈な金属製の物で手首を拘束するもので思い浮かぶものといえば手錠だろう。
「なんで……なんでなの……?」
強力な拘束により身体の自由を奪われた京子。
ここまで強力な拘束からは彼女に対する強い思いが感じられるのだ。
それもマイナス面の方で……
一体、誰が京子をここまで拘束したのだろうか……?
ガチャッ……
体育倉庫のドアが開く。
そこには京子の見覚えのある人物が立っていた。
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「美咲先輩!!」
京子は見知った顔を見て安堵した表情を浮かべるとともに嬉しそうに叫んだ。
「なんか、誰かに悪戯で縛られちゃったみたいなんですよ!!たすけてください!!」
この状況から見るに京子にとって美咲は救世主に見えるだろう。
身動きが出来ない彼女は必死に助けを求める。
それに応じるように笑みを浮かべながら京子に近付く美咲。
しかし、何故か言葉を発しないで近付いてきて不気味だ。
京子の目の前まで来た美咲。
これでようやく拘束から解放されるそう思った京子だった。
「あらま〜、もう目を覚ましちゃったのか〜?つまんないなぁ……」
「えっ……!?」
美咲の口から出た言葉を聞いて言葉を失う京子。
まるで美咲が京子を眠らせた張本人のような口振りだ。
「美咲先輩……?何を言って……」
「何?まだわからない?鈍いやつだね?」
「美咲……先輩……?」
「私がアンタを眠らせて縛ったの!!睡眠薬入りの水を飲ませてね!」
いつもの面倒見が良く、優しい口調の美咲とはまったく違った怒気を含んだ口調にビクつく京子。
顔も笑っているが、目は全く笑っていない。
そう言えば喉が渇いた時に美咲から渡された水を飲んでから眠くなったような気がしないでもない。
このことからも京子を縛ったのは美咲の可能性が非常に高いといえる。
「嘘……美咲先輩……なんでこんなことしたんですか……?私……何かしました……?」
自分に何か美咲を怒らせるようなことがあったか焦りながら必死に思い出しているが、全く見に覚えがない。
すると美咲が口を開いた。
「義久くんは知ってるわよね?私の幼馴染みでクラスメイト。何回か一緒に遊んだこともあるし。」
「はい……知ってます……」
「私はその義久君が好きだった。小さい頃からずっとね!!ついこの間、勇気を振り絞って告白したの!!」
徐々に美咲の顔が引きつっていく。
声もどんどん大きくなって怒りが滲み出している。
確かに男女の告白はビッグイベントだ。
だがそれが京子と何の関係があるのだろうか?
「返事は好きな人がいるから駄目だ……って言われたのよ!!その好きな人って誰だと思う?」
「まさか……」
「そう!!京子!アンタよ!!」
その言葉を皮切りに美咲の笑みを浮かべていた顔が大きく歪み、般若のような顔になった。
「ずっと……ずっと好きだった人をアンタに奪われた………アンタなんかに……!!」
美咲の顔が真っ赤になっている。
溢れる怒りが表情に滲み出ているようだ。
「美咲先輩……!!?私……そんなこと……知りませんよ!!それに……義久さんに告白されたりもしてません!!」
そんなことを言われてもという気持ちから必死に弁解しようする京子だったが、その言葉は今の美咲には焼け石に水だろう。
「アンタのその生意気で反抗的な態度いつかは矯正しようと思ってたのよ!!ちょうど良かったわ!!」
いつも穏やかで面倒見の良い先輩の姿はどこにもなく、嫉妬に狂った姿を見た京子は身体を震わせる。
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「京子…アンタの生意気な口塞いであげようかしら?」
ゴソゴソとせわしなく手にしたスポーツバッグを漁る美咲。
いつも彼女が身に付けているもので京子も見慣れたものである。
その中から取り出したもの。
それは……
「これは何だかわかる?」
「……っ……マスク……?」
美咲が取り出したものは、ベルトが伸びた立体系のマスクだった。
顔の下半分を象られたような茶色のマスクは穴も空いておらず、分厚い生地の感じからして着けられたらかなり苦しそうだ。
「さぁ、口を開けなさい」
先程よりは怒りが落ち着いたようにも見える美咲だが、相変わらず声に怒気が混じっている。
「い……いやです!!私は何も悪いことしてないのにこんなことされるのは納得いきません!!」
先ほどは縛られていたことへの動揺や美咲の態度に圧倒されたが、落ち着きを取り戻した京子は毅然とした態度で美咲に訴える。
自分が知らないところで勝手に惚れられたり、嫉妬されるのははっきり言って理不尽過ぎる。
当然黙って従う理由がない。
「お願いです……美咲先輩……こんなこと止めましょう……今なら誰にも言わないし、また一緒に楽しく練習しましょうよ……」
美咲の良心に訴えかける京子。
自分の知っている美咲はこんなことをする人じゃない。
色々あって、頭がいっぱいいっぱいになっているだけなんだ。
落ち着けばいつもの美咲先輩に戻ってくれる。
そう信じる京子。
「言いたいのはそれだけ?」
その言葉を聞いて美咲の口から発せられたのは、怒りと嘲笑が混ざった抑揚のない声……
その言葉を聞いて、何を言っても無駄だと悟った京子はせめてもの抵抗に口を力いっぱい噤む。
「そんなことしても無駄よ!そういう反抗的な態度をとると……」 「……ふっ!? 」
鼻を思い切り左手で摘んでくる美咲。
その指の力の入れ具合からして、かなり強い意志を感じる。
「ふうー!!?んーっ!!」
息を吸うことが出来なくなり、苦しさから呻き声を出す京子。
必死に我慢していたものの、息苦しさに耐えかねて、口を開いてしまった。
「あ、がぁ…!!」
その隙を見逃さなかった美咲は左手で頬の少し下の部分を思い切り押さえつけた。
そして、右手で先ほど手にしたマスクを口に近付けてくる。
マスクの口にあたる部分の裏側には突起が付いている。
この突起物が意味することは、それが口に入られることは舌の動きを封じられ、喋れなくなるということ。
革で出来た機密性の高い生地は酸素がマスクの下に入り込むことを許さないことだろう。
「いやっ…!!やめてくだ……むんっ!!?
マスクの裏側に着く突起物が京子の口に入れられ、機密性の高いその生地が鼻と口を完全に覆った。
続いてマスクの両端に付いているベルトが後頭部でひとまとめにして絞られる。
「んっ……うむぐーっ!!」
(く……苦しいーっ!!)
ぴっちりと京子の顔に密着したマスクが呼吸を制限する。
口には突起物が噛まされているため、酸素の入る入り口は鼻しかない。
しかし、鼻もマスクに覆われているため少ない酸素しか吸い込むことができず、当然吐き出す量まで少なくなる。
「ンフーッ……ンフーッ……」
苦しそうな呻き声を口から漏らす京子。
「あっはっはっ!!よく似合ってるわよ、京子!!豚さんみたいな声出してアンタにピッタリの報いだわ!!」
自分の想い人を奪われたと感じている美咲は勝ち誇ったかのように笑う。
縛られて口も塞がれた京子は何も出来ないのだが、この屈辱を味わせるのも彼女の望みなのだろう。
(先輩……なんで……)
自分の知っている美咲が完全にいなくなってしまったと感じた京子の目からは、涙が流れた。
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「そうよ!!アンタさえいなければ……アンタさえいなければ!!」
呪いの言葉を紡ぐように何度も京子を責め立てる。
そして、美咲がバッグから何かを取り出す。
それは、普段の学校生活でも目にするものでとりわけ不思議なものでもない。
ただのペーパークリップだった。
(何……どうしてペーパークリップなんて……)
息苦しさから考えがまとまらない。
それが今出てきたことがわからない京子。
しかし、その使用用途をすぐに知ることとなる。
「これをこうするのよ!!」
「うぶぅ!?」
マスクで覆われた顎を右手で掴まれ、左手には口が開いた状態のクリップが少しずつ、鼻の辺りに近付いてくる。
「んふーっ!?んむううっ!!」
(まさか!?いやぁー!!)
京子は喋れなくなっている口から声を漏らす。
美咲は京子の鼻を塞ごうとしているのだ。
ただでさえ息苦しいのにそんなことをされたら窒息してしまう。
「んむうー--っ!!!んぐうー-っ!!」
ポニーテールの黒髪を振り乱しながら、必死に抵抗する京子だったが、美咲の押さえつける力には勝てそうにない。
無慈悲にその鼻を狙って、ペーパークリップは生き物のように口を開き、鼻に喰らい付こうとしている。
「んうっ!!んごぉ〜!!!」
ついにマスク越しにペーパークリップが鼻に取り付けられる。
先ほどまでの呼吸が楽に感じるほどの息苦しさが京子を襲う。
「んう〜〜〜!!!んぉ〜~!!!」
息苦しさから逃れようとする京子は必死に首を振るが、鼻のペーパークリップはビクともしない。
身体の中に残る酸素が次々に失くなっていき、靄がかったような感覚に陥る。
「凄く苦しいでしょ?息も出来ないよね?でもこれは私が味わった苦しみに比べたら軽いもんよ。さぁ、どこまで耐えれるかな?」
恨みにとらわれた美咲の言葉も聞こえているかどうかわからないほど目が虚ろになっていく京子。
目から光も消えてくる。
徐々に失われていく意識の中で彼女は何を思うのだろう……
(いやっ……もうダメ……)
京子の視界が徐々に黒ずんでいった。