妊活夫婦 『クリニックでの相談』 サンプル
🕑 Added 2026-02-16 01:23:49 +0000 UTC
妊活夫婦 『クリニックでの相談』
福永 浩平(たかはし こうへい)33歳
福永 広子 (たかはし ひろこ)30歳
夫婦。
子供を授かるために妊活をしているが、上手くいかず、病院で診てもらっても特に異常がある訳でもなく悩んでいた。
~本編~
夜の静寂が、二人の間に広がっていた。リビングのソファに並んで座るものの、会話はほとんどなかった。テレビはついているが、内容は頭に入ってこない。
浩平はグラスの水をぼんやりと眺め、広子は毛布を膝にかけながら、静かに息をついた。
「今日、病院行ってきたよ」
ぽつりと広子が言った。努めて明るい声を作ろうとしているのがわかった。
「やっぱり、特に異常はないって」
浩平は目を閉じ、天井を仰いだ。もう何度も聞いた言葉だった。何の問題もない。でも、結果が出ない。病院に行って、検査をして、医者から「問題はないですね」と言われて、肩透かしをくらったように帰ってくる。その繰り返しだった。
「……そうか」
それだけ言って、浩平は言葉を切った。これ以上、何を言えばいいのかわからなかった。何か言おうとすればするほど、余計なことを口にしてしまいそうだった。
広子は、そんな浩平の様子を察したのか、少し微笑んだ。
「大丈夫だよ。きっとタイミングの問題だから」
彼女の声は、どこまでも穏やかだった。まるで、浩平を安心させようとするように。
「……広子のほうがつらいだろ」
「そりゃあ、ちょっとはね。でも、落ち込んでても仕方ないし」
本当は「ちょっと」なんかじゃないはずだった。排卵日を気にし、タイミングを合わせ、期待しては裏切られる。検査薬を握りしめたまま、静かにうつむく広子の姿を、浩平は何度も見てきた。
彼女は泣き言を言わない。ただ、笑って「また次があるよ」と言う。その強さが、余計に苦しかった。
「……ごめんな」
「なんで浩平が謝るの?」
「俺がもっと……」
「やめて」
広子が首を振った。優しく、しかしきっぱりと。
「浩平のせいじゃない。私のせいでもない。ただ、うまくいってないだけ。だから、誰のせいにもしたくないの」
「……でも」
「ねえ、浩平。今日の晩ごはん、おいしかった?」
突然の話題転換に、浩平は少し戸惑った。
「ああ、もちろん。特に味噌汁が最高だった」
「ふふ、それはよかった。あれ、ちょっと出汁を変えてみたんだよ」
広子は楽しげに笑った。その笑顔が、ひどく切なかった。泣きたいのは広子のほうなのに、どうして励ます側に回るんだろう。
「……ありがとう」
「うん? 何が?」
「なんでも」
浩平はそっと彼女の手に触れた。広子は驚いたように見上げたが、すぐにふわりと微笑んだ。
「ねえ、来月、少し旅行でも行こうか」
「旅行?」
「うん。気分転換に、温泉とかどう?」
「いいな。行こう」
広子が、安堵したように笑う。浩平はそっと彼女の肩を抱いた。寄り添うことしかできないけれど、それでも、この時間が救いになる気がした。
――きっと、大丈夫だ。そう信じることしか、今はできなくても。
それから数ヶ月が経った。
広子と浩平は、これまで通り妊活を続けていたが、状況は変わらなかった。病院での検査も問題なし。サプリメントや食生活の改善、適度な運動も取り入れてみた。それでも、結果はついてこない。
焦りと不安が募る日々の中で、浩平は何気なくスマートフォンを眺めていた。SNSのタイムラインをスクロールしていると、ふと目に留まる投稿があった。
「妊活で困っている方、メッセージください。信頼できる病院を紹介します」
簡潔な文面だった。怪しいと言えば怪しいが、同時に気になった。いいねやコメントもそれなりについていて、中には「本当に助かりました」「紹介された病院で授かることができました」といった返信もあった。
(どうせダメ元だ……)
浩平は、藁にも縋る思いでメッセージを送った。
「初めまして。妻と妊活を続けていますが、なかなかうまくいかず……病院を紹介していただけますか?」
しばらくすると、返信が来た。
「はじめまして。私も妊活で悩んでいましたが、この病院に出会って救われました。もしよければ行ってみてください」
そして、ある病院の名前と住所が送られてきた。今通っている病院からは少し離れているが、行けない距離ではない。
浩平はスマホを見つめながら、迷いながらも広子に相談することにした。
「広子、ちょっと話があるんだけど」
「うん?」
広子はキッチンで紅茶を淹れていた。湯気の向こうで、彼女はカップを手にして振り返る。
「SNSで、妊活に悩んでる人向けに病院を紹介してくれる人がいて……俺、メッセージを送ってみたんだ」
「え?」
広子は少し驚いたように眉を上げた。
「それで、病院の住所を教えてもらったんだけど……今の病院とは違うところで、少し遠い。でも、行ってみる価値はあるかもしれないと思って」
浩平がスマホの画面を見せると、広子はじっとそれを見つめた。そして、少し考え込むように視線を落とした。
「……それ、大丈夫なの? なんか怪しくない?」
「まあ、確かにそうかもしれない。でも、行ってみてから判断すればいいんじゃないか? もしおかしいと思ったら、その場で帰ればいいじゃないか。」
「うーん……」
広子は唇をかみ、迷っているようだった。今の病院でも異常なしと言われ続けている。別の方法を探したい気持ちはある。だけど、見ず知らずの人から紹介された病院に行くのは、正直、不安だった。
「本当に大丈夫なのかな……?」
「もし怪しいと思ったら、すぐに帰ろう。それでいいだろ?」
「……うん。でも、気をつけようね?」
「もちろん」
浩平は小さくうなずいた。
こうして二人は、その病院へ行くことを決めた。
この選択が、未来をどう変えるのかは、まだ誰にも分からなかった。
続きは応援プラン限定