【微エロ】幼馴染が虎獣人になって自宅に転がり込んできた話3(完)
🕑 Added 2020-11-22 19:00:37 +0000 UTC
メモ:一応完結。シーンが飛んでるじゃん、と思った真面目なあなたへ。仕様です。ちょっと幼稚かな〜っていう自覚はあるんだけれど好きなように趣味を出して書いたので、まあいっか、になっています。
○
粉々に砕け散った窓ガラスの向こうに、遼介は立っていた。月に照らされた横顔は、虎のものではあるけれども、何故か人間の時の彼を思い起こさせた。
「遼介」
ぴくり、と彼の形の良い耳が動く。私は奇跡を期待する。懇願する。あるいは、都合良く夢想する。瞬時、彼の逞しい腕が凄まじい勢いで跳ね上がった。焼けつくような痛み。左腕に続いて、右頬が引き裂かれたのが分かる。私は痛みに耐えかねてうずくまった。涙で視界がぼやける。遼介は冷たい表情で私を見下ろしていた。彼らしくない、全くの無感動な瞳で。
「何をしている」
スーツを着た男が、吐き捨てるように言った。「殺せ」。私はその男を見て、手掛かりを探す。家に突然押し入り、遼介を物言わぬ人形に変えてしまった手立てを見破るために。
男はおそらく遼介の言う組織の人間なのだろう。
それは最早、私にとってこの際どうでもいい。なんなら、私がいまここで死んでしまうことも厭わない。そもそも、特に楽しみもなく野望もない人生だ。最後の最後に不思議な出来事に巻き込まれてしまったが──。
心残りは遼介のことだ。
彼はきっと私を手にかけ、その後は組織に命じられるがまま他の人を手にかけるのだろう。怪人虎男、なんて笑っていた頃が懐かしい。しかしその運命は、全く肯定できるところがない。
要約するとこうだ。
私が死ぬことは、一向に構わない。
だが彼が人を殺すことは、どうしても耐えられない。
だから私は彼になるべく殺されないようにしながら、この状況の打破を狙わなくてはならない。
わかりやすい話である。
遼介の指先から血が滴り落ちる。彼の力は凄まじい。改造、という言葉が嘘偽りないことがよくわかった。しかし、彼への指示は「私を殺すこと」にもかかわらず、私に対する攻撃は実に緩慢なものであった。私は彼が組織を逃げ出した経緯を思い出し、総合的かつ演繹的に結論を導き出す。
即ち、遼介の改造は今のところ失敗している。
故に、反撃の目はある。
ぴくり、と遼介の耳が動く。バネのように腕と脚がしなる。私は全身を捩って、ギリギリのところでそれをかわした。空を切った脚がテーブルを跳ね上げ、私のマグカップや彼のために用意した大きめのボウルが粉々に砕けた。私は無様に床に転がり、その惨事を床の視点から眺める。頭の奥底が熱で焼き切れてしまうような、怒り。スーツの男はにやにや笑いながらジャケットのポケットに手を突っ込んで眺めている。
「失敗作だから時間が掛かるな」
いいや、お前は私を痛ぶるのが楽しくなってきたはずだ。私はそう確信する。私はあまりにも非力で、想像力の乏しさから、同級生が虎になってしまった時の──その上、悪の組織に操られてしまった時の対処法などとても思いつかない。でも、観察力と論理的思考でもって、この状態を考察することは多分可能だ。遼介の運命が掛かっているならば、尚更。
遼介は組織としては失敗作である。
だから、遼介は組織を逃げ出すことができた。
男は直接姿を現し、遼介を操り始めた。
結論。彼は遼介を、遠くから操ることはできない。命令に従わせるには、姿を見せるほど近距離でないとならない。
何故?
ぴくりと動く耳。
私は見る。男のポケットの中の手の動きを。
かちり、と何かを押すような仕草。振り返って遼介を見る。耳が動く。そして嵐のような攻撃。
仮説はできた。証明に失敗すれば死ぬ、ということであれば学会発表と変わりない。
「いま全てわかった」
私は男に言う。
「は?」
実に教養のない返事だ。
「遼介を解放しろ。そうすればこの部屋の敷金と礼金には目を瞑ってやろう」
男は嘲笑った。私の挑発に乗った。だから、私の意図したタイミングでポケットの中のスイッチか何かを押してしまう。そしてそれは遼介に届き、命令が──それもごく単純な命令しか聞けないような単純な指示が、理解され、1秒程度のラグがあり、実行される。私はもちろん、それを見越して動き始める。オーディオのリモコン目掛けて床を這う。凶刃が足を掠める。痛いが、それは全く、痛いだけのことであった。
私は躊躇わずにリモコンを押す。何でもいい。できればうるさいものがいい。音量を最大にする。歌い出しですぐに分かった。「In Other Words」。なんて皮肉な歌だろう。私と遼介にぴったりではないか。
こんなに月が綺麗な夜に。
こんなに彼を想っていた私に。
「があっ!」
遼介が耳を塞いでうずくまった。
最大の音量で荒廃した部屋に流れるジャズ。
焦る男は、狂ったようにポケットの中の何かを押す。短波──おそらく、人間の可聴域にない音を出すそれはしかし、爆音で流れるジャズの前では無力だった。
教養のない男だ、と私は再度思った。
私が無力だと思っている。
だから『私がポケットの中に何を持っているのか』に目が向かない。せいぜいスマホかなんかだろうと思っているのだろう。
私は『最初からずっと隠し持っていた』小型のスタンガンを隠して握りしめ、慌てて逃げ出すようなフリをする。
男は馬鹿みたいに両手を広げて立ち塞がる。
ああ、本当に馬鹿なんだ。
良かった、と私は思う。ナイフで刺殺されるくらいのことは覚悟していたので、実にラッキーだ。全身でぶつかりながら、男の腹にスタンガンを押し当てる。
ガスコンロのスイッチを捻った際に聞こえるあのお馴染みの音。
即ち、放電音。
男の間抜けな悲鳴。
美しいヴォーカル。
『In other words, I love you.』
静寂。
○
おれは。
おれは全て覚えていた。見えていた。感じていた。
宮くんを傷付けたこと。この物騒な爪で柔らかな皮膚を紙のように切り裂いたこと。人から殴られたことなんて一回もないお腹を力いっぱい蹴り上げたこと。
操られているおれに向かって何回も名前を呼んでくれたこと。
あの歌が終わって、意識が段々はっきりしてくる。宮くんは気絶した男の隣でぐったりと座っていた。腕を強く押さえて、止血している。
「…………宮くん?」
声にならない。なんて声を掛けたら良いのか。どんな風に許しを乞えば良いのか、わからない。涙がぼろぼろと溢れてくる。宮くんは、宮くんは大怪我をしている。そしてそれは全部、おれがやったことなのだ。
「…………あ、ごめん……なさい…………ごめん、ごめんよぉ…………」
言葉にならなかった。嗚咽が漏れる。後悔した。安易に宮くんを頼って、巻き添えにした。
宮くんはゆっくりこちらを振り返る。ざっくりと右頬についた3本の裂傷が痛々しい。
「死ぬかと思ったわ」
やれやれ、と言いながら宮くんはぽかり、とおれの頭を叩いた。それから、いつものように、少しだけ笑う。
「この部屋どうすんだよ全く……あの転がってる男に払わせるからな。そういう約束だから。あいつがもし万が一文無しだったら、お前が払えよ」
お前が暴れたんだからな、と付け加えて宮くんはじろりとおれを睨んだ。おれはきゅう、と喉の奥で鳴く。
怒ってないの?嫌いになった?
そんな軟弱な質問を、宮くんはきっと受け付けない。その代わり、今さっき彼を傷付けてしまったおれの両手に身体を預ける。ちょうどお姫様抱っこのような姿勢だ。
「俺は疲れたから、寝る」
「なんでこの体勢に?」
「運びやすいだろ」
宮くんはぷいと顔を背けて続ける。
「月に連れて行け。さもなくば、姫嶋の病院だな」
それだけ言うと宮くんは、すう、と柔らかな寝息を立ててすぐに眠った。おれはどうせここにはもう戻らないだろうと思って、何もかもをそのままにしていく。宮くんを起こさないように、身体の柔らかなバネを使って、ベランダから夜空へ、そうして月に向かって跳躍した。
後書:ラストシーンだけ思いついて書き始めました(メモ:月夜、傷だらけの彼を連れて屋根を跳ぶように駆ける虎獣人(コメント:メモがゴミすぎる))。なんで怪我してるの?とか虎獣人はどこからきたの?とか二人の関係性は?とかを考えて埋めて行くプロセスは楽しいんだけれど、文字に起こして読むならこのくらいの情報量が良いのかな、とも思います。作成中はもちろんFly Me To The Moonをイメージして書きました。